きゃっと・ふぃすと

2006/3/29 水曜日

Diary/2006-03-29

Filed under: 過去ログ — もりやん @ 0:00:00

 やばいやばい! 確変きてる! 止まんない! しつこくネギまネタいくよ!

いいんちょさんが激しく癒し系なわけ

 前提になる主張は以下。

  • 『ネギま!』はネギを中心とした箱庭的世界観を持つ
  • その箱庭は「わずかな勇気」を原理として幸せに保たれている
  • だから「わずかな勇気」を出せない者には不幸が訪れるよ!

 ということで、ネギまにはハーレム漫画でありながら強迫的なところがある。ネギは周囲に絶対幸せ時空を作っているが、それは皆が「わずかな勇気」を出すことで成り立っている。
 特に最近の連載分ではそれが分かりやすい。亜子編・図書館探検部編と悩める女子の出番が続いたわけだが、いずれも最終的に問題を解決したのは女の子の「わずかな勇気」だ。亜子編でネギは亜子が勇気を出すためのお膳立てをしたに過ぎない。探検部編では事態に参加すらできなかった。しかし、亜子が立ったその舞台を用意することこそネギの役割なのだし、夕映の恋を受け入れた本屋ちゃんの精神的成長がネギに拠っていることは言うまでもないのだが、しかしそこで夕映が泣くのもまたネギま。
 ネギが常に試練にぶち当たっているように、女の子たちもまた常にストレスにさらされている。ハーレムを遠巻きに眺めている超・ハカセ・龍宮の悪党トリオや、すでに期間限定の魔法に頼る必要もないほど成熟している五月などの例外を除き、ネギを取り巻く女の子たちは自分の試練を「わずかな勇気」で乗り越えつつネギに関わっている。それゆえに女の子の側の成長物語としても読めるわけだが、とかくストレスフルな漫画であることには違いない。

 それを緩和しているのがハーレムにおけるリーダー格の役割を持つあやかだろう。彼女はネギをベタベタに甘やかし、その好意に一点の曇りも見せることはなく、嫉妬するときもオチ担当の立場を崩さない。基本的に完璧超人ゆえに妙なコンプレックスに悩まされることもないし、その上裏の事情は一切ご存じない。実のところ極めて例外的なおきらくごくらくキャラだったりする。
 しかし、ネギま的に正しいことに、彼女にもネギへのストレス要因がある。過去に弟を亡くしたことがネギへの関わり方に影響していないはずがない。にもかかわらず彼女はそのことについて悩まない。勇気もクソもなく燃え上がる愛のままに突っ走り、しかもネギへの接し方を外さない。ネギ先生の勇姿を一目見たいの一心でクラスメイトを引き連れ武闘会場に乗り込んだその行動の完璧な正しさよ。別にネギを支えることを意図したわけでもなかろうに。
 これはどうも、単に彼女がそういうキャラだというよりは、ハーレムの中で特権的に悩まない役割を与えられているような気がする。バカレンジャーの古や楓にしても強敵と当たってボロボロにされたりしてるわけで、いいんちょさんはストレスなしでネギに向かっていける唯一の女の子なわけだ。これが学園祭でも影響して、唯一さしたるイベントもないただのデートを謳歌することになったんだろうけど、いやあれは実に和んだ。こうやってけっこういい思いしてるあたりも実に見ていて癒される。

mixiより転載 今週のネギま(小太郎vsクウネル)

赤松の野郎は本当にすごい。小太郎あっさり負けたくせにキャラ立ちすぎ。妙に人に恵まれているネギと違って、小太郎にとっては唯一の友人たるネギを失う恐怖は極めてシリアスかつリアルな問題だったのだ。こうしてみるとあれこれとネギの世話を焼いていた小太郎が、単なるお人好しだとか、ライバルの成長を願うだとか、そういうありふれた意味付けと全く異なる様相を見せてくることになる。あれは要するにネギの気を惹きたかったんじゃないか。そりゃそうだよ。あの年頃の友達付き合いってのは少なからずそういうものだと思うし、小太郎のキャラクターに非常にリアリティと深みが出てくるよね。とても共感できる。ネギVSタカミチ、小太郎VSクウネルの二試合を通して描かれたのは、あまりにも輝きすぎるネギが照らし出す陰影だ。クウネルとの絡みでエヴァがクローズアップされてたのもそうで、これはナギだね。エヴァンジェリンというのは、ナギという太陽が作った影でもある。そこいくと、エヴァにとってネギは当然にナギの代償という面が多分にあるんだけど、二度目の喪失というものを経験することにもなるかもしれない。ネギの成長をエヴァが素直に認められないのは単なる照れ隠しじゃないね。エヴァは明らかに師匠としてネギに関われることを喜んでいる。でも、ネギはいつか必ずエヴァを越えていく。明日菜VS刹那戦のエヴァの置いてけぼりっぷりが痛い。明日菜はいつか『ネギま!』の物語のキーパーソンとしてネギを連れ去ってしまうかもしれないからだ。学園祭というモラトリアムそのものの明るい舞台で、その影は一層濃い。

mixiより転載 今週のネギま(準決勝)

 もうね……。
 俺はまほら武闘会通してのテーマは「ネギ君の光と闇」だったと思うんですよ。タカミチ戦ではネギの父親への真っ直ぐな思いを描き、くーふぇvs龍宮・小太郎vsクウネル・刹那vsエヴァではネギの輝きに照らし出される周囲の影を、そして明日菜とクウネルの試合を通しては「父親を追う」というネギの目的そのものの危うさを描いてきた。

 そもそもネギの暗黒面(とカッコいいところ)はバトルパートにおいて描かれてきたんだけど、なんせバトルパートは常に非常事態なんで、その場の勢いで押し切ってしまうことが多かった。それゆえに明日菜との関係の進展なんかも得られたわけなんだけどね。
 けど、それはやっぱりちゃんと自分と向き合ってないんだよね。それに喉元過ぎればなんとやらで、ネギも生徒たちも自分の問題を忘れちゃってる面がなきにしもあらずだった。

 その点、この日常でありながら非日常という文化祭、そしてまほら武闘会は極めて優れた舞台だった。刹那の精神的成長には、エヴァのちょっかいという偶発的要因もあったけど、この真剣でありつつもどこか余裕のある状況と物語全体の流れが影響していると思う。

 さてここで今週のネギvs刹那戦ですよ。父親の影に押し潰されかけるネギが、対戦相手からの励ましと、吊り橋効果的な絆ではない、生徒たちみんなの応援で自分を取り戻す。まさにまほら武闘会というシチュエーションなくしては決して不可能だった熱血展開、ついでにカッコいいネギ君を学園サイドで初披露。もうね、もうね! 赤松マジ天才。

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