漫画家にとって最大の試練は連載であろうと思う。
絶え間なく迫る締め切り、編集の意向による圧力、あるいは延々と同じ漫画を描き続けることそのもの……つまずくきっかけは無数にある。その結果、多くの漫画が構想を崩壊させ、勢いをなくし、いつしか「この漫画もつまらなくなったね」と言われるようになるのだ。
連載しているうちにより面白くなっていく漫画もときにはある。多くは作者が未熟な場合であると思う。描き手の漫画家としての成長が作品に反映されるパターンだ。描いているうちに絵がうまくなっていく作家は多い。しかし画力の向上は多くの場合画風の変化を伴う。構想の拡大は初期構想の破棄を意味する。つまり、変わることなくステップアップしてゆく漫画は極めて少ないと言わざるをえない。
『ローゼンメイデン』はその数少ない作品のひとつである。舞台がほぼ桜田家を出ないことに注目しよう。あろうことかこれはある意味『NHKへようこそ!』以上のひきこもり漫画なのである。薔薇乙女の数も最初から7と決まっているので、無節操なテコ入れも不可能だ。実際、ローゼンメイデンは1巻から最新5巻まで基本的に変化していないように見える。
その上で、PEACH-PITは今まで、1巻ごとに着実に前巻を超えてきた。無闇に作品の器を広げることなく、既存のキャラクター同士の絡みで物語を展開させてきた。そして今また新たな境地を開拓しているのである。ローゼンメイデンはどこまで階段を上り続けることができるのか、この「成長」が果たして意図してなされたものなのか、我々には知りようがない。俺は常々この作品を「現在連載中の漫画の中では2番目に面白い(1番は『おおきく振りかぶって』)」と言って紹介しているのだが、1番の期待株はといえばこれと答えるだろう。アニメ第二期も含め、何かと楽しみな作品である。
> 坂上智代:桑島法子
リアルに身震いがしたわけで。
智代アフターだけやろうかと思ってたけど、これはやらねばなるまいな……。
人によっては意外と思われるかもしれないし思われないかもしれないが、俺はD.C.がけっこう好きである。
なので、てきとうにつらつら書いてみようとおもう。ちゃんとしたレビューの下拵えとしてでも。
音夢とさくらの確執を持ち出すまでもなく、D.C.のヒロインは全体的にビッチな傾向が強い。特にメインに近いほどその傾向が強い。これは『Kanon』と全く逆だ。なぜか裸Yシャツだったり、セックスアピールにも事欠かない。ほんわりまったり木琴鍋の萌先輩の印象はシナリオ終盤で引っくり返る。ここに端的なのだが、D.C.はかなり意図的に既存の萌えゲー泣きゲーのフォーマットをなぞっている。その上で、ヒネる。ヒネくれる。
自傷系ヒロインというとKanonの美坂栞を思い出すが、萌先輩は自ら望んでクスリを飲んでいるところが全く違う。そこには次項につながる転倒がある。
萌先輩はゲーム開始時にはすでに願いを叶えられている。しかしそれでは萌先輩は救われなかった。「魔法」の存在自体を否定するのではなく、あえてそれが存在する世界を用意した上で否定してみせる。このヒネくれた思想がD.C.の全体を貫いている。それは最も鋭い形の「奇跡」へのアンチテーゼだ。
D.C.において、魔法は一貫して人を救わない。人々の夢を集めて力と化す桜の魔力は、音夢の口から花びらとなって溢れ出す。最悪のグロテスクだ。そしてそこには悪意すらない。善意に基づいた魔法が結果として人を傷つける。やはり最も厳しい否定と思える。
D.C.で唯一魔法が人を救った事例がある。純一の未熟な魔法だけが幼い少女の心を癒した。純一の能力は無から物体を生み出せるような便利な術ではない。作った和菓子の分だけ体内のカロリーを消費する、等価交換の原則だ。それが「良い魔法」である理由を動機の純情に求めるのは、この作品の根底にある悪趣味を考えればナイーヴに過ぎるかもしれない。それは本当に微妙なバランスで、しかしそこには正しさがあると俺は思う。思いは通じると、誤解してもいいのだと思う……。
そういう意味では、D.C.は『銀色』と同列に位置づけられるといえなくもない。しかし、銀色が暴力的な奇跡にも消せない人間の魂の輝きみたいなものを描くことに成功してしまったのに対し、きっちり桜散るでオチをつけたD.C.のほうが物語の軸がぶれていないともいえる。これは単に『朱』にブン投げかました銀色の手落ちという面もあるのだけれど……。
銀色との比較論でいえば、ヒロインの悪意とか、心の弱さに踏み込んでいる点にも注目したい。単純に黒いほうが上等みたいな言い方をする気はないし、黒いだけならもっと黒いのがあるのも承知しているが、繰り返すなら、この世界観でというのが重要なのだ。それは仏教の用語で言うなら「悪人正機」あたりにかかわる問題だ。純情でないエロゲーヒロインに救われる資格はあるや否や? もちろん、ある。そういう意味ではアンチ奇跡などという言い方は回りくどい。これははっきりとアンチ葉鍵だろう。あるいはアンチ葉鍵っ子であったかもしれない。
結局、いまいち擁護になってない気がするわけで。
まー、ぐだぐだ言っても泣いてないしな、俺。ただ、曲芸商法とか萌え要素とかにとらわれると本質を見失うのではないかと……。けっこうすごい作品なのではないかと思うので。
結果は(-5,1)、趣味重視の中間派でした。
この中で俺が唯一脊髄反射で+2したのが、10:モテない人間を救うために、なんらかのセーフティネットを作るべきだ。
俺の望みとはやっぱり恋愛の相対化なのだと再確認。
意外なほどに趣味に合った。池脇千鶴@ハルはかわいかったし、ユキちゃんはすげえキレイだったし、バロンのやりすぎなカッコつけ方は大好きだ。
というか、俺はジブリのブラック・テクノロジーで動く女の子とか猫とか猫とか猫とか女の子とか猫を見たいのだから、シナリオはこんなもんでいいんだよね。なんだかんだで見ながらクスクス笑ってたし、ユキちゃんは色っぽかったし、それでいいじゃないか。シーンの展開は常に心地よく作られてるしね。お城で歓待されるハルのシーンなんかシュールで好きだ。
あと、ユキちゃんを嫁に貰える王子はたいへんうらやましい。
- TOPIA 包帯さん
- メガネに包帯と、俺様のフェータルな属性にスマッシュヒット。そしてなんか柄すげえ。肉もすげえ。
- Mighty Python’s Flying Circus ギターガールズ第2期スタート
- ああああ俺は、俺はギター少女が好きでならん! そして見えそで見えないのも大好きでありラヴでありつまりは汁々。俺の脳内。
第1期も見た。幸せになった。
- どれみっちの穴 北風と太陽
- 元ネタ。っつーかごめん、元ネタのほうが笑える。
- okama クロスロオドの仲良し姉妹
- ものっそい買ってる。片手に大荷物片手にお姉様な妹様かわいいよ。
- ハムスターでケータイに充電しよう!
- イイ表情してやがる。仕事をやり終えた男の顔だ。
- CATTISH お絵かき@100000ひっと記念
- 翠金雛おばかトリオ。愛が溢れて止まらなくなったのでリンクする。
ローゼンメイデン5巻、最高発売中。
- 山下しゅんや RICK-O-SOUND 春麗
- これはいいハルウララですね。(実家からの更新で辞書登録されてない変換の結果生まれたコメント)
- 極上生徒会会計のまゆらさん(海の幸定食)
- 肩とデコがよい。シンディ派の俺の心を動かすものがあった。オーマイガァァァーッド
- ponz.info: 捕食中(えろ)
- 触手って本体見えることってあまりないよね。根っこの部分ね。そこのところをあえて描かずに、描いていないことを利用していたのが『WW&F』。あれはいいですよー。それはそうと、触手の本体があまり描かれないのはたぶんそこに捕食口があるからで、みんな触手に食される女の子を見たいわけじゃないからだとおもいます。もしくはめどいか。
俺、こいずみまりがびみょ~~に好きなのですよ。昔ヤングアニマルでやってた『コイズミ学習ブック』が好きで、最近出た『渋谷ガーディアンガールズ』で再発見して以来、ああ、やっぱり好きだなあ、などと思っていたわけです。
何が好きかってえと端的に絵柄が好きなんですが、まあそれはそれとしてですね。昨日『コイズミ学習ブック』の1・2巻買って久々に読んでみたら、非常にビッチなわけですよ。『だめんず・うぉ~か~』に対して煮えるんならこれにも煮えるべきじゃねえか俺と思ったわけで、実際ところどころぴきりとこないでもないんですが、基本的には受け入れてるんですよねえ。
なぜか、というと、これだ。「弱い自分に引き付けて全力で侮辱する」、こいずみまりにはそれがない。まりりんとなめ子はセックス大好きな自分たちを肯定した上で笑い飛ばす。そこに権力の構造はない。そして絵もかわいい。
というわけで、童貞キモメンにもおすすめ。
さとう珠緒のバカブックガイド第二回。毒舌は好きなのに楽しくない。嫌味にはインテリジェンスが必要だってのがよくわかった。いや、この場合欠けているのは単に品性か? 細木数子さんがイケメン好き、というのはとても共感できますよね。 とか、そこはボケておいたほうがいいんじゃないかしらねぇ。こういう、弱い自分のほうに引き寄せてるように見せかけて全力で侮辱する手法は30代負け犬女に特徴的なものなのだろうか。くらたまの「恋愛偏差値の低い男層が視界に入ってなかった…」みたいな。
うん。最近、近所で自称特定声優のファンがファンを名乗りつつノーマナーだったことに切れてた事例があったんですがね。いや実際あれはかなりしょうもないと思うんだが、それはそれとしてだね。Diary/2005-8-4でも言及した某サイトのことだ。
このサイトが桜坂洋応援中!みたいにふるまうことに腹が立ってしょうがない。その程度の読みでですか?と思う。つか、現代魔法ではあんだけ気合入った論考を展開せしめた読解力を持つ彼がどうしてスラムオンラインに関してはあんなひどい読みになるのかわからない。やっぱり俺が間違ってるのか?
まあうだうだ言う前にてめぇで感想なりなんなり書けって話ではあるんだが。どうにも腹が立つので吐き出してみた。
スラムオンラインが絡むとこんだけ煮えるっていうのは、なんか俺にとってけっこう重要な作品なんだろうか。
基本はナナミーなんだろうな。
ラムネについては今度また対談があると思うから、あまり喋るともったいないんだが、ようするに終盤のアレは必要だったのかって話ではあるよね。そこのところ、コンシューマ・アニメと経てどうなるのかは興味がある。
エロゲー製作においてあからさまにストーリーテラーとしての作家性を押し出すのには資格が要ると思う。これは鏡裕之言うところの「テキストライター」の手になる作品がなんだかんだとシェアを持っているせいでもあろう。ようは文化の問題であり、受け手の問題であり、「こんなんエロゲに求めてない」、ではある。
その上で言うのだが、やっぱりアレはまずかったんでねえかと。いろんな意味で。そこで別の描き方が俺はありうると思うし、それを提示してくれることをほんのりと、本当にわずかながら期待してもいるのだ。