ぶっちゃけなのは見るのだるくなってきた(’A`)
桜蘭高校ホスト部

なのはからの逃避がてら見てたら意外と必死になってしまった。
うーん……なんというか……難しい……どういう楽しみ方をするものなのか分からない……。かなり変なことをやってると思うのだが。以下原作を読んでいない前提で。
- 主人公がユニセックスであることで嫌味を減らした逆ハーレムもの
かと最初は思った。乱暴に逆おとボクというべきか。そういう面がないではなかろうが、どうもそれだけでもない。なぜならハルヒが男装少女だからだ。
いわゆる男装の麗人には大きく二つのタイプがあると考えられる。
- 中身は女性
- 中身もガチでユニセックス
ハルヒ自身はどちらかといえば2に属しようが、周囲の状況からすると1に近いであろう。
まず少女漫画原作でありながらやおいの匂いがほとんどしないのが興味深い。キングとハルヒのやおいネタくらいやってもよさそうなもんだが、ホスト部の芸としても全くやらない。そういう意図は全くない設定であるらしい。
ハルヒが性別を隠さなければならないのはなりゆきでホスト部に入ってしまったためであり、本人にその意図はない。しかしホスト部のメンバーはハルヒを強烈に女性として意識しつつ男装させるという奇妙な状況にある。
そしてそのホスト部メンバーのハルヒへの視線がまた面白いところであって、
というのは対比されているように見える。
ホスト部のイケメン的行動をホストの芸として戯画化していることには軽妙な洒落が感じられるが、時としてそれもマジになる。キングはマジで女の子の幸せを願っているし、双子はマジで二人の世界を持っている。
本質的にイケメンであるホスト部のイケメンぶりをわざわざコメディネタとして茶化しているのはやはり嫌味を減らすためであろう。それは分かる。しかし女の子としてのハルヒにときめいていることまでネタにすることは、逆ハーレムものとしては必要ないんじゃないの。ハルヒの美少女ぶりをカリカチュアライズしている。これは、なにかおかしい。なにか変なことをしている。
少女漫画における逆ハーレムものがどういうものであるか俺は詳しくないが、男の子向けハーレムものというのは普通“王様”の肩身に合わないもんであって、要するに冴えない男に美少女たくさんというのがフォーマットになる。その釣り合わなさが魅力でも欠点でもあって、しかしただイケメンに美少女たくさんじゃあムカっ腹が立つだけなので色々工夫することになる。この作品の場合もただ美少女にイケメンたくさんじゃムカっ腹が立つから男装させてるのかと思いきや、そういうムカっ腹の立つ状況をわざわざコメディネタとして見せている。双子あたりはハルヒの男っぷりをからかってもいいはずだ。なぜそうしない。
のためではないだろうか。ハルヒのかわいさに気付いてくれるホスト部に価値がある――のではなく、ハルヒのかわいさ自体に価値があるのではないだろうか。ホスト部がハルヒの女の子としての価値を独占しようとしているのはそのためではなかろうか。
イケメン盛りだくさんの逆ハーレム状況とヒロイン萌えが無理なく両立していて、その結節点に藤岡ハルヒという特異なキャラクターが必要とされた……のだろうか。
『プリンセスうぃっちぃず』なんかは、勇者とヒロインたちのハーレムというベタベタな構図を、好意と悪意の両方に基いてカリカチュアライズしているわけだが……ううむ……。
持病のリニューアルしたい病が発症していた。
あと、1日1なのは運動始めました。とりあえず無印から見てます。
むう、いい、実にいい。実にいいがしかしA’sを見終わるまで俺はこれ以上なのはについてあれこれする資格がない。
今週末くらいで見るかなあ。しつこいようだけど大ッ嫌いだからキツいんだよなあ。といって無視もできないのが腹立たしいというかたぶん迷惑。
というのを読んで。
特に反論とかはなくて、自分語り。
俺はエロゲーが現実の恋愛の代替とかリアル女よりエロゲヒロインのが萌えとかいう言説にずっとすげえ違和感がある。世間一般でどういうもんかは知らんけど、少なくとも俺にとってエロゲーは恋愛ゲームとイコールじゃない。
って言っても童貞だから1ミリも説得力ねえんだけど、やっぱりそれは違うなーといつも思ってる。別に恋愛についてエロゲーで満たされようとする人をみっともねーとかキチガイとかは全然思わない。だけど、本田透とかスゲーとは思ってもその一点で絶対相容れないし、一緒くたにされても困るなーとは思う。
だから、恋愛ゲームも好きだけど、天いなとかあえて恋愛を排除したゲームがたまにどうしようもなく好きだし。っていうかエロゲーなんてとっくにただのポルノじゃないんだからいつまでもポルノの次元で語るんじゃねーよ死んじゃえとかもたまに思う。アレだ、ポルノグラフィってのはどこまでも現実のセックスの代替なんだし、だったら現実の恋愛の代替もまた精神的ポルノと言ってよかろうってところで都築真紀の「エロは肉体的ないやらしさ、萌えは精神的ないやらしさ」っていうの思い出して、あの発言に覚えてた引っ掛かりが何だったのか今更氷解した。いや特別変なこと言ってるわけじゃなくてだから問題だと思うんだけど、要するに恋愛ドラマすらポルノですかって話で。それはポルノとして消費する層もあるんだろうし俺もするけど、それはもうエンタメでいいじゃん。根っこではさ。
スポーツは戦争の代償行為だって言うけど、代償として始まったから元に劣るってものではないし、優劣があるものでもないでしょ。サッカーボールを見て兵器として畸形だとかゆってるのは阿呆死んじゃえと思うし、サッカーボールはマシンガンより遥かに価値があるとかゆうのもバカくさくね?と思う。サッカーはサッカーでいいじゃん。なんでとかくエロゲだけが他のもんと比べられにゃならんのかね。
脊髄反射でpropeller オフィシャルホームページを見に行った。まあそんなに的外れでもないような気がする。
ひたすら主人公がヒロインにてこいれするてこぷり。
ヒロイン含む生徒会の仲間たちが主人公に肩入れするあやかしびと。
Fate以後的な作品がわらわらと現れ始めるのが2005年からでして、してみるとpropellerの次回作は気になるところなのですが……男子生徒と女子生徒の対立であるか。なんともはや。
エロゲ論壇やるならブログにすべきだな。
『とらドラ!2』の帯コメントを奈須きのこが書いていることは、意味があるかもしれない。
『わたしたちの田村くん』がラブコメではないということは何度か書いてきた。(わたしたちの田村くん/『わたしたちの田村くん』はなぜラブコメではないのか(ネタバレ注意))
付け加えるなら、伝統文化としてのラブコメは、男の子から女の子へのコミットメントと同時に女の子から男のへのコミットメントをも描くものだったはずだ。素直になれない二人が毎度喧嘩する……みたいな、ベタなイメージからして、双方向的である。
松澤も相馬も、基本的には意思決定をしておらず、能動的に田村くんにコミットしてはいない。相馬はまだしもアクティブだが、ずけずけ踏み込んでくる田村くんへの反応の域を出ない。リアクション芸で弁当作ってくるあたり非常にかわいいんだけど、それはまあともかく。
田村くんへコミットするとは、例えば、田村くんの悩みを解消しようとしたり、ライバルから田村君を奪おうとしたり、逆に身を引いたりすることであろう。相馬が最後に松澤と正々堂々戦おうとするのが唯一能動的な行動といえそうだが、実際の中身についてはおあずけとなる。俺が続巻を熱望する所以だが、ライトノベルにおいて、エロゲー的に各ヒロインのルートを並置してしまっため、この先を書くのは恐らく非常に難しい。だからこそそこに踏み込んでほしいのだが、残念ながらそれ以上は断崖絶壁なのだろう。
ゆえに、『とらドラ!』となる。
メインヒロインを大河に限定し、賑やかしとしてのヒロインを置いた上で、大河から竜二へのコミットメントを描いた。やっと奴さんもラブコメの書き方が分かってきたか。
当然、これをラノベでやるのは単なる復古だが、エロゲーでやったなら進歩である。そして今エロゲーはそのような方向に進みつつある。
とらドラはかなりエロゲーテイストな作品なので、そのような方向性に沿ってどのように展開するか、興味深い題材だといえる。次巻で完結しそうだが、さらに続くとすれば、竜二の父親が話に絡んでくるかが一つのポイントになるだろう。