きゃっと・ふぃすと

2006/7/17 月曜日

Diary/2006-07-17

Filed under: 過去ログ — もりやん @ 0:00:00

主人公の内面描写

 それなりに関連記事→俺はオナニーシーンが大好きですよ、っと。

 エロゲーの主人公のモノローグというのは、実は主人公キャラクターの内面描写ではない。というのはどうだろう。
 特に選択肢において顕著だが、エロゲー主人公の内心はプレイヤーの同期することが期待されている。プレイヤーが主人公の心情に同調する=感情移入する、とは異なる。
 ゆえに、ヘタレ主人公は時として激烈な非難に晒されることになる。あれは、キャラクターとして気に食わないんではなくて、俺はそんなこと思ってねえ、という憤りだろう。

 主人公の内面描写を行うには、主人公に感情移入させるには、ある程度プレイヤーと主人公を切り離す必要がある。『CROSS†CHANNNEL』がいい例だろう。主人公が知っていてプレイヤーが知らない情報を置いてみたり、選択肢を無効化してみたり。(『CROSS†CHANNEL』の話

 そうではない場合、主人公がヒロインをいかに愛しているか、ということはカタルシスになりにくい。なぜなら、それは「俺が」ヒロインを大好きという意味でしかないから。感動の対象になるのは、他人の他人への愛、あるいは他人の自分への愛となる。

 一般的に、陵辱ゲーにおいては主人公とヒロインは互いに愛を抱かない。そりゃまあ言葉の定義からして当然なんだけど、それでも陵辱ゲーに恋愛要素を導入しようという試みはある。この際問題なのは、主人公→ヒロインの愛はあってもイマイチ気持ちよくないということ。なので、ヒロインの片思いにしてみたり、プレイヤーから独立的な主人公にしてみたり、インモラルな雰囲気作りに利用してみたり、色々工夫することになる。

2006/7/16 日曜日

Diary/2006-07-16

Filed under: 過去ログ — もりやん @ 0:00:00

Cloth×Close ~ボクがくぃ~ん!?~

 ボーイズヒロインとオカマちゃんと女装子の違いを考えていて、俺女装子で抜けるだろうかという実験をしてみようと思った。のでとりあえず体験版やってみた。

 したら意外な副産物。主人公が人格者。しかも喧嘩が強くて、25歳。(25歳で赴任2年目ということは留年しているのか?)大人だ。一個の成熟した男性という感じがする。
 エロゲーの主人公にこのような適度に成熟した男性が配されることは珍しい。人格的に未熟なキャラクターが好まれるというよりは、あまり明確な行動指針を持つ人物はプレイヤーの投影として適切でないということなのだろうが、ではこのような人格の持ち主はいかにして許容されるのか。

 通常の恋愛ゲームにおいて(本作が恋愛ゲームでない可能性はある)、ヒロインは「主人公に設定されているキャラクター」を好きになるのではない。「主人公」を好きになる。そこに人物評価が大きな比重を持って絡むことは少ない。むしろ「なぜ好きになったのか」の理由として強調されるのは行動評価である。「こういう人だから」ではなく「こうしてくれたから」という理由であることが多い。これは、ひとつにはヒロインの愛を得るまでのゲーム上のチャレンジが「行動選択」によって行われているためであり[1]、あるいは「俺もあの娘と仲良くなれるかも」というプレイヤーの期待感情を喚起するためである。
 この作品もまた「行動選択」によって進行するが、「俺もあの子と仲良くなれるかも」という期待感情を重視する必要性は薄い。プレイヤーの大半はストレートの男性か、腐女子であろう。ゆえに、より「人物評価」に重心を置くことができる。

 そう考えると主人公にこのような人物を配した効用についても整理できてくる。ヒロイン(?)の主人公への好意の理由付けとして人物評価を重視することで、つまり「兄様/ユウ兄/先生/お兄ちゃんはこういう人だから好きなんだ」という描写をすることで、人間的交流とかいう按配のモノを描くことに成功している。
 本作では物語の本道にあまり関係のない、通常の学校生活的シーン……要するに界と爽真がケンカする場面がしつこいほどに延々と挿入されるのだが、これになんかミョーな魅力があるのはそういうことで、あれは交流なのだ。主人公を介してのヒロイン同士の交流をも描いているのがなかなかエロゲー的に美しい。界・爽真・玲のコミュニケーション不全気味のキャラ設定からもそういう意味は透けて見える。このあたり、普通のエロゲーにも応用できそうな気がする。

mixiより転載:いまさら準話

準の何が画期的だったかって、オカマちゃんだよね。
ほんといまさらだけど。

従来の男の子ヒロインは基本的にロリだった。 [2]
それはつまり性的に未分化であることを意味する。

概ね性自認はニュートラル、あるいは女性というのが暗黙のルールだったのではないか。
顔のない月なんかは練り餡だけに完全にBLの系列だけど。
Sultanはどうだろう。やってみないとわからないが、あれは衆道なような気がする。恐らくはそれゆえにクッション[3]を必要とした。

某ティンコベルは、性別を偽っていたのもそうだが、そこを破ったゆえに叩かれたのだろうか。

ういんどみるは、メーカーの方針としてユーザーに不快感を与える可能性は排除したい、ゆえに準えてぃは原則的にナシという話だった。
準えてぃを望むファンは多かったが、ひょっとしたらひとつ見落としていたのではないか。
すなわち、準の性自認が男性であるということを。

準は男の子の気持ちも女の子の気持ちもわかる、という。
準は男性としての性自認を持ちながら、乙女心を具えたキャラクターだったのではないか。
つまり、オカマちゃんである。そういう印象を受ける。

性自認が男性であるゆえに、準の女性的なアピールにはやらしさがない。準とセックスしたければBLになるしかない。
女性的にアピールするほどにやらしくなくなるという逆説によって、どみるがごときごく健全な作風において準というキャラクターは成立しえた。

うーん、これはちょっと一般化はできない見解だな。準を女の子だと思うか男の子だと思うかによって準というキャラクターの受け取り方はずいぶん変わってくるだろう。そして俺は男の子派なのだな。

追記 オカマちゃんとしての渡良瀬準の魅力

 準の女性性というのは何かということを考えるわけですよ。

 男の子の気持ちもわかる、という準の性自認はやはり男性なのだと思う。では、準がわかるという女の子の気持ちというのはなんなのか。それは「乙女心」だろう。つまり、準の女性性とは「乙女」なのだろう。
 準が「乙女」と呼ぶ何かは普通の女の子も持ち合わせているはずだ。しかし、準には「女」がない。「乙女」だけを持っているというのが準の特異性で、その「乙女」としての純粋さが準をして女の子よりも女の子らしい存在にしている。内面が外見に形象されるエロゲー世界において準の外見が完全に女の子なのはむしろ当然といえるかもしれない。上記『Cloth×Close』のヒロインは男性の骨格を持っている感じで描かれているが、それは恐らく彼らが女装子だからだ。女性よりも高い乙女純度を持つオカマちゃんの視覚的表現として準のキャラデザは適切なように思える。いや、単にこーちゃが描き分けられないだけかもしんないけど。

 で、外見が女の子なのはいいとして、チンコだけは譲れない。準にチンコがなかったら「女」になってしまい、それはむしろ乙女純度を下げることになる。準の魅力を保つためにはチンコは絶対必須だと考える次第である。

  • [1]主人公の人物像・パラメータを改変しうる『同級生』系作品における描写がいかなるものかは興味深い。
  • [2]性転換系を除く
  • [3]ピアナのこと。

2006/7/13 木曜日

Diary/2006-07-13

Filed under: 過去ログ — もりやん @ 0:00:00

 夏バテと仕事にエネルギーを吸われて書く習慣が失われそうだったのでなんか書いてみる。

あまえないでよっ!

 世間的にはマックスファクトリーのフィギュア以外全く話題になっていないようだが、なってなくて当然なんだが、これは非常に面白い。何が面白いかというと、世界観が面白い。世界観といっても仏教ウンチク的なそれではなく、人間関係によって成されるものを指す。

 で、端的に書くと、

  • 非ハーレムなハーレム
  • 乳首承認の関係

である、というのが2ヶ月くらい毎週末深夜まで何時間もくっちゃべり続けて得られた結論になる。

非ハーレムなハーレム

 小坊主一人に尼さんが6人とか、もうどっからどう見てもハーレムアニメにしか見えないが、実は違う。少なくとも1期は違う。端的に、雛美・結子・陽あたりが「攻略対象」に(よく見ると)入ってないあたりが、明らかに違う。

 非ハーレム化にいかなる効用を求めるか。人間関係……というか、ポジショニングの複合化である。主人公ひとりへの好意に収斂するハーレム的人間関係においては描写の難しい、ヒロイン同士の多様な関係性に特徴がある。
 たとえば逸鋼・千歳・結子・雛美の二回生チームが仲良し4人組でありつつ陽が微妙に絡んでて、一方で陽は雛美と気が合い、さくらを姉として慕い、さくらと春佳は気安く、春佳は妹分たちがかわいくて仕方なく、総じて女の子たちは逸鋼抜きでも仲良しなんだけれどもそれぞれそれなりに逸鋼を信頼している、という。
 ここで非常に面白いのが逸鋼の位置取りで、ハーレムっぽい設定だと主人公が場の中心になりやすい。が、逸鋼は明らかはじっこにいる。画面的にもしばしばはじっこにいる。はじっこにいるのだが参加はしている。という絶妙な距離感。というか、女の子のサークルに参加しようと思ったらはじっこから入っていくしかない。それをいきなり中心にブチ込まれても参加できなくって「だりぃ」とか言い出さなきゃならなくなったりするわけ。はじっこにいるからこそ、真に参加できている。
 当然、恋愛感情を前提しない以上、ヒロインの主人公への関わり方もまた各自に固有のものとなる。特に陽の逸鋼への空気に対するかの如き態度―良くも悪くも―はすげえ変。そして逸鋼へのスタンスの違いがさらにヒロイン同士の関係を複合化する。主にひたすらからかい倒される千歳という形で。

乳首承認の関係

 要するに「乳首までは(逸鋼に)見せてもいい」ということになっている。そこにわりと明確な基準があるのが、よく考えると非常に変。これは、逆説的だが、ハーレム/攻略対象としてヒロインを一線に並べることをしなかった、からこうなっている。最初から一線に並べてしまったら、その中で差を付けて変化を起こさなければならなくなる。誰が最初にキスするか、とかそういう。恋愛っ気があるのは千歳だけという状況だからこそ、逆に全員乳首までは見てよい、となる。そして、乳首を見たいだけならば、そのほうが後腐れがなくっていいんである。
 ここで問題になるのが、乳首を見せても覚醒かせられないヒロインがいることだが、これもやっぱり逆に問題ない。誰の乳首でも覚醒くんだったら、お前何でもいいんじゃねえかということになる。逸鋼がおっぱい星人、いや聖人、あいや聖人(しょうにん)というべきか――だからこそ、逆に製作側の扱い・視聴側の受け取り方としては、平等にエロあり、ということでかまわない。


 総じて、ハーレム系エロコメアニメの文法を半分くらい外してやってる感じがする。

2006/7/7 金曜日

Diary/2006-07-07

Filed under: 過去ログ — もりやん @ 0:00:00

 (藤岡)ハルヒの13話見て全く意味がわからなくて画面にタバコ投げつけたりしてるうちにちょっとやる気出てきた。

2006/7/6 木曜日

Diary/2006-07-06

Filed under: 過去ログ — もりやん @ 0:00:00

触手姫物語

 なんだこの萌え触手! Webエロ小説で衝撃を受けたのは久しぶりだなあ……。 完成度とエロ度は「奴隷少女は触手がお好き」が高いように思うけど、キャラとしてはファーストシリーズ「触手姫物語」のシール姫&アイリが好き。なんせ触手かわいい。イソギンチャクモドキに欲情してしまうとは……どうしよう……。

« 前のページ次のページ »

Powered by WordPress ME

WordPress database error: [Duplicate entry '282424' for key 1]
INSERT INTO wp_slimex_stats ( `remote_ip`, `language`, `country`, `referer`, `domain`, `searchterms`, `resource`, `platform`, `browser`, `version`, `visit`, `dt` ) VALUES ( "644595575", "en-us", "us", "", "", "", "/archives/date/2006/07/page/2/", "-1", "34", "", "106385", "1259066869" )