きゃっと・ふぃすと

2006/8/17 木曜日

Diary/2006-08-17

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わかりやすく説明してみよう:『君が望む永遠』とはどういう作品なのか

「思ったんだけどさ、ToHeart2って君望に似てないか?」
「そりゃアレか? このみが遙で、タマ姉が水月でっていう」
「そうそう。似てねえ?」
「あーあー、そうだな。構造的には似てる。当然っちゃ当然の話なんだけど……。初代ToHeartはさあ……」
「俺やってない」
「あーっと……。よく言われるのは、ToHeartの最大の発明は「仲良し空間」っていうことなんだけどさ。幼なじみのあかりと、悪友の志保と、かわいい男の子の雅史ってのがいてな。こいつらがルート関係なく仲良く遊んでるんだよ」
「ふーん」
「これが当時は新しかったんだな。だってさ、エロゲーなんて目当ての女の子のケツ追っかけてりゃ成立するわけじゃん。わざわざ4人で仲良く遊ぶ必要なんかないんだよな」
「まあ、確かにな」
「で、これがウケた。その影響を受けて出てきたのがKanonであるわけだよ」
「Kanonはそんな感じだなあ」
「これがまためちゃくちゃウケたんで、完全にひとつの方向性として成立したんだな。で、君望は明確にそっち系の作品だろ。ていうか、第一章がまんまそういう作品だったから、みんなアレですげえショック受けたわけw そしてToHeart2はモロ続編だから、似てて当然なんだよ」
「なるほど、君望は仲良し空間とやらをぶっ壊してるわけだ。じゃあ、どっちかっつーと君望がToHeart2に似てるんだな」
「そうそう。だから、このみエンドの後にアレが起こったら君望になるぜw そして体でタカ坊をつなぎとめるタマ姉wwww」
「うはwwwwwめっちゃありそうじゃねえかwwwwww」
「いやあるよwwwwwなるよwwwwwww」
「wwwwwwwwww」
「wwwwwwwwww」

わかりやすく説明してみよう:『School Days』の何がスゴいのか

「君望ってさ、実は三角関係がないんだよな」
「いや、あるじゃん」
「いやないんだって! だってさ、遙と水月が直接的に争わないじゃん! 水月は遙がいない間にさらってっただけだろ?」
「あー、言われてみれば」
「これはさ、君望の画面っつーか、フツーのエロゲーの画面を思い出してみりゃわかると思うんだけどさ。画面にこう、立ち絵があんだろ。んで、第二章では、孝之が遙と喋ってるか、水月と喋ってるかの場面しかないんだよな。基本的に」
「そりゃまあそうだな」
「これで遙と水月がケンカ始めちゃうとさ、孝之が蚊帳の外になっちゃうんだよ。なぜって、主人公で、画面の中にいないから」
「画面的には遙と水月しか映ってないもんな」
「実際あゆ様ルートじゃ完全に傍観者だっただろw」
「発言すらしねえもんなwwww」
「だからさ、実は遙と水月のカラミってないんだよ。それぞれに孝之との関係があるだけ。これを俺はV字関係と表現したわけだが……」
「おまえセンスねえな」
「うっせwwwwww」
「まあ、それが関係が目に見えるってことなんだな」
「そう、まさにそこなんだよ! スクデイはアニメだから、主人公が画面に入るだろ? するとほら、三角関係が目に見えるんだよ! すると正々堂々とへっこくらべができるwwwww」
「へっこくらべ言うなwwwww それじゃ君望とスクデイってぜんぜん違うんじゃん」
「ぜんぜん違うな。だから誠がヘタレ度で孝之を超えたとか言ってる奴はぜんぜんスクデイがわかってない」
「そもそも比べるようなもんじゃないと」
「そうそう。でさー、主人公まで画面のなかにいるってことはさ……。あれだ、漫才でボケとツッコミがあるじゃん。あれってツッコミが観客の視点なんだよな。ボケの奴が何か変なこと言うと、ツッコミが「いやそれおかしいやろビシッ!」つって、観客は安心して笑える。Kanonとかでヒロイン総ボケの主人公ひとりツッコミなのはそういうことなんだよ」
「プレイヤーは主人公の視点を借りてゲームやってるんだもんな……」
「だろ? そんで主人公まで画面の中のソッチ側に行っちまったら(そこがまさにスクデイがラブコメである決定的要因なんだけど)、ツッコミがいなくなっちまうんだよ」
「ボケ倒しじゃねえかwwwwww」
「そうなんだよwwwww だからアレとかアレとかがオチだっていうのはさ、そうでもしないと収拾がつかねんだよ。ツッコミがいないから」
「なんかもうぜんぜん違うな。君望とスクデイ」
「だから孝之と誠をごっちゃにしても意味ねんだよ。孝之はツッコミで誠はボケなんだから比べるほうがアホらしい。孝之が自分の肩身の狭さを嘆くのはある意味ツッコミ的だし、誠はボケとしてプレイヤーからして変な行動を取らなきゃいけないわけ。プレイヤーの思うとおりに動いたらそりゃもうボケじゃねえだろ」
「なるほどね……」
「逆に言うと、君望で遙と水月が正面から争うのは実は都合が悪いんだよな。遙がアレでアレするのは本当にうまい手で、フツーのエロゲーの枠内で恋愛関係のゴタゴタをやってるのがホンットにすげえ。高校時代の付き合いも、もしかしたら遙と水月が争わないことの理由付けとして必要だったのかもしれないな……」

2006/8/16 水曜日

Diary/2006-08-16

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 E=mC^2にて「帝国軍特別女子収容所」が完結されました……。
 作者の紫さん、お疲れ様です。大変お世話になりました。

陵辱者のアイデンティティ

 で、上記作品のラストシーンがベタながら印象的だったので書くのだが。
 前にもちょっと書いたように、特にエロゲーにおいて、陵辱というのは主人公の性欲や都合や人生や思想をヒロインに押し付けることなんだよね。逆に純愛だと、往々にして主人公の側が押し付けられ、巻き込まれることになるんだけど。
 中でもMCモノとなると、ヒロインの心すら主人公のコントロール下に置かれる。そこにおいて、ヒロインに強制している、主人公の「自己」とはなんなのか?という問いかけが非常に重要になってくる。俺が「マリオネット -糸使い-」や「夢の続き」なんかを面白いと思うのはそういうところなんだ。「帝国~」の面白いところのひとつは主人公の徹底して理性的な(哲学的でない)自己認識だと思う。それが軍事的・政治的せめぎあいとうまく噛み合って、「ケツに火がついちまったし」「己のプライドをかけて」「この女堕とす!」というバカっぽいけど緊張感ある展開を生み出している。陵辱モノの主人公がいかに重要かという話。

2006/8/12 土曜日

Diary/2006-08-12

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どう見ても丸かぶりです 本当に(ry

 しかし、それだけに都築とトノイケの違いはよくわかるであろう。少し興味がある。

栖哩さんとのメッセ、抜粋。

 という名の捏造編集。

「プリっち⇔プリワルかつプリっち⇔なのはだと思うとなのはやおい説を思い出すっす。つまりプリワルとなのははやおい繋がり」
「プリワルのムックのインタビューにやおい話がないんですよ」
「なんでさ(笑) ほら合体とか」
「異性間ボーイズラブについて聞けと」
「他のプリンセスのルート作る気あったんですかね」
「ないない。反省はしてるみたいだけど」
「どっちみち作れないでしょ」
「個別ルートの必要性自体あまり感じない。掲示板で文句言ってる人は何でなんですかね」
「そりゃプリワルをエロゲーだと思ってるから(笑)
「とらかぷっ!やってそういう意見だとしたら納得がいかない」
「基本的にみんなでワイワイやる話ですよね」
「それはとらかぷっの時からそうで」
「もうのっけから「この中から誰かを選ぶ」という方向性がまったく感じられない。その分エッチなハプニングでドキドキしたりすることには純粋ですけど、話自体はかけらもエロくないですよね」

「この前『時をかける少女』を観たんですよ」
「原作読んでた」
「原作刷ってくれない角川!」
「新装版は?」
「それを刷ってくれない」
「ええー」
それはともかく妹の話をしよう!
「(笑)」
「あれを観て女の子は待たなくなったんだなぁ、と」
「もう主人公のイメージ180度違いますよね」
「で、それを考えているうちにプリワルのエピローグに話が飛ぶんですが……(ネタバレトーク)」
「ふえー。アクティブだ」
「だから個別ルートがないのはいいんですが、後日談があってもおかしくないわけで」
「本編でやおいしかやってないし、アリアリかも」
「そしてそこに突っ込まないムックのインタビューアーは俺に席を譲れと言いたい」
「エロゲーでそれはすごいですよね。女の子が主人公のアニメならともかく」
「そこだけ時かけになっちゃう。反省するなら端から個別ルート作れ!」
「いや、攻略ヒロインだと攻略される側になっちゃうから」
「色々問題がある。それを軟着陸させたのがリーゼルルートだと思うのですが……(ネタバレトーク)」
「やっぱり自分から獲りにいく感じといえばそうですねえ。そもそもクリスと新にしてからがお互いに認め合って、という感じで、主人公がゲットするとかではないですよね」
「ないです。やっていてこれ個別ルートどうするの、と思ったのは内緒です」
「ある意味究極のハーレムエロゲなような」
「ハーレムでしょう。直列惑星を他の惑星が取り巻いているという表現があったなぁ。うまい表現だなぁ」
「新にやる気がないですからね。逆に公平に扱うことはできないでしょう」
「出来ないですね。ということを本人が話していると言う驚きの展開が」
スゲー! どこまでわかって作ってんだか全然わかんねー!」
「それを知りたかったのに知りたかったのに」
「俺としてはFate凛ルートが……(ネタバレトーク)」
「あれ、主人公、アーチャー?」
「いや、主人公は士郎で合ってて、凛はある意味未来にいる王子様をゲットしに行くのかと」
「そうすると主人公が士郎から凛になっちゃってるような」
「そうなんすよ! 凛主人公による士郎ルート開幕ですよ!」
「あれ、凛ルートはどこに……」
「どこだろう(笑)」

「セイバールートなんか士郎とセイバーの物語が絡むのがエロいんですよ。逆にプリワルは全然エロくない」
「そのエロって肉体的なものより精神的なものと言う感じはします」
「肉体的にはプリワルのほうが全然エロいですよ」
絵師の問題
「いや、クリスと新に思い出話でもあればエロくなるんじゃないかと」
「それとらかぷっでやってるんですが」
「ふつうそれくらいやるでしょ。そんなんもないんじゃ新とクリスってただのマブダチじゃないですか」
「だいたいクリスと新の関係が恋愛とはどうしても思えないのであって」
「でもセックスはするってのがどうしようもなく自由だなーと俺は思うわけですが。あ、千と千尋もエロいですよね」
「みーてーなーいー」

2006/8/6 日曜日

Diary/2006-08-06

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リリカルなのはと、少年漫画の物理法則

 続き。

 少年漫画、中でもバトル漫画には、実力以上に勝敗を左右する法則がある。それはいわば、「より『男』であるほうが勝つ」というようなものである。
 「おれは○○になる!」という、主人公の目標設定がよくある。別に海賊王でも火影でもハンターでもマギステル・マギでも料理人でもなんでもいいのだが、これは言い換えれば「一人前の男になる」あるいは「男の中の男になる」ということでもある。少年の成長物語、ビルドゥングス・ロマンというやつの目指す到達点は、大雑把に言って「男」である。
 「男」であるということには、普遍的なものではないが、基準が存在する。例えば、「仲間を決して見捨てない」というようなことが、「男」の基準である。基準が存在するからこそ「男」を比べるということが可能になるのであり、実力で圧倒的に劣る者がただ「男」であるというだけで勝利するという展開に説得力を持たせられる。そういう意味で、『魁!男塾』のような荒唐無稽系バトル漫画は充分すぎるほど論理的だといえる。
 これはバトルの勝敗に限った話ではない。あるキャラクターが尊敬されるとき、認められるとき、ヒロインを獲得するとき、そこでは「男」であるかどうかが問われる。逆に言えば、「男」でないものが物語的な勝利を得ることはないのであり(参考:魔法少女の世界観/ネギまの世界観)、その「男」の基準が物語全体としてのテーマになることが多い。

 このような「男」に近い概念が「正義」である。「正義」には基準が存在する。対して、「倫理」には基準が存在しない。少年漫画には「正義」によって成立するものが多く、少女漫画には「倫理」によって成立するものが多いようである。
 ここで前回の論を思い出していただきたいのだが、思想戦が発生しうるのは「正義」についてである。「正義」の統括する世界観では、対立するキャラクターの間で、どちらの論理がより強固か、どちらが基準に照らしてより適正に振舞っているかという点において、勝敗を決することができる。「倫理」を基盤とする世界観では、これは不可能である。二つの「倫理」があるときに、そのいずれが「善い」かということは、個人の感じ方によって異なるからである。「正義」は共有されるものだが、「倫理」は個人のものであるといえようか。

 「友達と始めたことをやり通したい」「寂しそうな瞳の女の子のことをもっと知りたい」というなのはの行動理念は、この二項対立に従えば、明らかに「倫理」に属する。いちおう、父親の教えという基準らしきものが提示されることはされるのだが、なのはは決断に迷ったときに明文化された「教え」を参照するようなことはしていない。父親の教育はなのはの人格に内化されており、その人格が「善い」と感じるように行動しているというのが適切であろう。実際、彼女はままならない現状を憂うことはあっても、いかに行動すべきかという点において悩むことは一切ない。自らの行動に対する論理的な判断基準を、そもそも持っていないからである。これはジュエルシードによる被害を未然に防ぐために行動している時空管理局とは明確に異なる。
 つまり、なのはとフェイトが本質的な――少年漫画的な――意味において、対立していたという事実はないのである。なのはがフェイトに勝利しても、物語のテーマになりうる「基準」がそこに示されることは決してない。ゆえに、フェイトの持つ「非正義」に勝利したなのはが、さらに強大な「非正義」であるプレシアと対決するといったような、少年漫画的インフレ現象もまた起こってはいないのである。

 むろん、これは『リリカルなのは』が少年漫画的でないことを示すのみで、そのまま作品への批判とはならない。しかしながら、『なのは』が「正義」ではなく「倫理」によって成立する作品であるのならば、フェイトの持つ「倫理」を頭ごなしに否定することも、まして無視することも、やってはいけないのである。

2006/8/4 金曜日

Diary/2006-08-04

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変身ポーズで力の流れはどうなっているのか

 陰部の話は実は関係ある。

 初代仮面ライダーの変身ポーズを思い出してみると、動きの中心は胸部であるようである。設定的にはベルトの風車からエネルギーが供給されているはずなんだけど、腰の一点というよりも胴体、胴体に動力が入っていて、そこからエネルギーが湧き上がってくる感じがする。
 あと、ライダーは縦回転する。ガンバリスト駿でやってたけど、美しい前方宙返りは胸で回るらしい。やっぱりライダーも胸で回ってる感じがする。

 セーラームーンはどうだろう。腰で発生したエネルギーが全身に回って、最後に顔から放出される感じだろうか。セーラームーンは横回転するので、腰が回転の中心になる。と思う。フィギュアスケートのスピンってどこで回るんだろう。体幹を軸にするんだろうけど、物理的な軸である脚は腰に付いているし、シットスピンなんかやっぱり腰で回ってるような感じが。

 このへん、映像資料を見てまた考えてみるつもり。

四肢の役割

 Romantic Foolでビッ子さんを久々に見て思ったんだけど、脚がないと腰から出たベクトルが抜けてかなくって、腰で留まる感じがする。健康的な肢体、とかいうと四肢の先端からなんか放出されてる気がするし。あるいはファントムリーフ現象みたいに、なんか放出されてるのかもしらん。
 グラマラスな体型だと四肢の末端のほうが細いので、むしろ体の中心に向けて集中していく感じがある。中国の、纏足ってあるけど、足が絞れてるとエネルギーが外に出て行かずに溜まるような気がする。
 脚が細いほうがハイソックスとか似合うのって、あれは多分砲身なんだろうなあ。じゃロンググローブってどうなの、というと、腕はそもそも腰に付いていないので、エネルギーの流れる勢いが弱い。なので、口を絞って勢いを増すというより、単純に押さえ込む感じになる。脚には靴という発射口もあるし。ただ、おっぱいがあると、胸で一度溜めてから腕に流すイメージになって、長手袋しててもちょっとアクティブな感じがする。
 そういう、四肢のエネルギー経路としての役割が十全に発揮されていない状態。子供はスタイルが良くない。体型が完成していない。すると、しょうがないからエネルギーを全身の筋肉と皮膚から発散する。ビッ子さんは体温低そうだし、やっぱ脚から漏れてるのかもしんない。多分ね、あれで隻眼だけだったら灰色のイメージにはなりにくい。むしろ黒っぽくなるんじゃないか。
 ロリ悪女と大人悪女の違いは、体内の伝達経路ができてるかできてないかの違いのような気がした。ロリだと、経路がなくって全身がワンピースなので、存在自体が悪魔になる。手足のポテンシャルも高くなるので、手コキとか足コキとかする。大人だと、おっぱいとか腰とか子宮とかにエネルギーポイントがあって、そこに悪魔が取り憑くという感じ。この場合エネルギーは外に向かわないので、せいぜいフェラで、あとはガチセックス。

TYPE-MOONキャラのデザインとキャラクター性

 俺は遠坂のデザイン上の要点は脚ではなく胸だ、と自分でも理由のわからないまま密かに主張し続けてきたわけだけど、考えてみたら遠坂は拳法でも手技が多いし、ガンド撃つし宝石投げるし、手からエネルギーが出てるんだよね。あと口。遠坂の口撃は性欲ではなく感情から出ている。なので、遠坂は胸が一つの要になっているはず。セイバーの甲冑が胸から下をすっぽり覆うデザインになってるのも同じ理由じゃないかと思う。セイバーの突進は胸から発しているんだね。聖女陵辱で殊更腰を強調するのは、普段のセイバーは胸で動いているから。貧乳なので、おっぱいではなく胸で。これは感情より情念のようなもので動いているライダーや、足元から影を生み出す桜のデザインとは対称的。そういう視点で見るとホロウの桜が影を左手に纏っている理由もわかる。バゼットもアップスタンスなボクシングスタイルだし。黒神のクロが姿勢の低いピーカブースタイルなのとはこれまた対称的。スカートはいてないカレンは見た目通り腰キャラ。
 あと、メルブラでアルクが手技主体、シエルが足技主体なのを見てもわかるように、アルクはおっぱいで思考するキャラで、シエルは腰で思考するキャラです。シエルに胸からパンチが出るデトロイトスタイルをやらせるとキャラが壊れます。ただ、シエルはおしりエッチがあるので、腰というより尻であり、そのまま子宮で思考するキャラということにはならない。それはむしろ秋葉なのね。でも秋葉もさんざん貧乳でいじられるあたり、やっぱり感情的なキャラではある。琥珀さんもまんこキャラなんだけど、メルブラでは全部手技なので、エロいというよりオモシロいキャラになった。シオンは足技キャラでしかもわりと乳があるので、子宮で考えたことが全部顔と口から出ます。吸血鬼化すると手技が増えてむしろ上半身でものを考えるようになります。

 なんかムチャクチャ言ってる? まあまあ、試しに遠坂を後ろ手に縛って、上半身からの放出を止めてごらんなさい。下半身で思考するようになるから。

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