きゃっと・ふぃすと

2006/9/25 月曜日

Diary/2006-09-25

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[漫画]皇国の守護者

皇国の守護者 1 (1)皇国の守護者 2 (2)

 姫様

 姫様美しいよ姫様

 姫様麗しいよ姫様

 姫様艶かしいよ姫様

2006/9/21 木曜日

Diary/2006-09-21

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超鈴音がネギの最大のライバルにふさわしいわけ

 ネギまの歴代の敵対人物を見ていく。

  • エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル(エヴァンジェリン編)
  • 天ヶ崎千草/犬上小太郎/リョウメンスクナ(修学旅行編)
  • ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン(ヘルマン編)
  • 超鈴音(学園祭編)

 こうして列挙してみると、超を除いた全員に共通した特徴が見受けられる。それは「嫌われ者」あるいは「外れ者」であるということである。エヴァやコタローはもとより、西の魔法協会における過激派である天ヶ崎千草もそうだし、「鬼」や「悪魔」というのがそもそもそういうニュアンスを含んだ存在であることは調べれば出てくると思う。(ぇー)
 そもそもネギにとっての怒り憎しみ、すなわち戦いへの強烈なモチベーションが「外部」にあることは魔法少女の世界観/ネギまの世界観で述べた。「外れている」ということは、すなわちネギの作る幸せ空間に参加する資格がないということであり、逆にそれほど「外れていない」とネギかアスナあたりに認識されると幸せ空間に参加する権利を得ることになる。

 んで、超はというと、未来人であるというその一点で圧倒的に「外れ」ており、超がネギに敵対しなければならない理由は全てそこから発生している。その意味において超は充分にネギまにおける敵役の要件を満たしている。
 しかし、その未来人という外部性を除けば、超は全く「嫌われ者」でも「外れ者」でもない。作中でもナギやネギに次ぐ完璧超人である超は各方面から尊敬を集めているし、人付き合いが苦手でもなく友人も多い。また、革命家の雰囲気を漂わせるわりに甘っちょろいほどの穏健派であることは噂の脱げビームが明確に証明している。
 溢れる才気、明るい性格、優しい心、これは超鈴音の物語主人公としての資質といえる。物語における「正しさ」といってもいい。強力な「正しさ」を持つ超は今までネギの戦いを支えてきた「正しい怒り」を無効化し、そのためにネギは最初の直接対決で手も脚も出ずに敗れている。

 火事場のクソ力を奪われたキン肉マンのように「正しい怒り」を封じられたネギは、もう一つの主人公特権を駆使しなければ超に対抗することができない。
 それは「自由」である。選択におけるフリーハンド、人生におけるモラトリアム、恋愛における優柔不断として表現される「自由」の力が、超を倒しうるもう一つの聖剣である。そして、この3つの自由の形は、学園祭編を通じて互いに関係しながら超に対抗する手段として用意されている。

 選択におけるフリーハンド。または悩む余地、手段を選ぶ余地といってもいい。ネギは、超を倒してもいいし、見逃してもいい。このことがどうやって超を倒せる可能性に結びつくのかはわかりにくいかもしれないが、どうしても超を止めなければいけない魔法先生たちがあっさり敗北したことを考えれば多少は納得できるのではなかろうか。「どうしても○○しなければいけない」ということは、勝利の形に融通が利かないことを意味する。
 たいていの場合、普通の人は何かに流されて、その決断しか「ありえない」その決断が「有効」な状況に陥るから、この自分での決断は多分、読者に眩しく写るんじゃないかなぁと思います。というとおり、これは主人公の特権であり、大人物の証拠でもある。超は平気で一般人を傷付けるような小悪党ではないので、ヤバいからといって平気で超をぶっ飛ばせるような、あるいは危ないからといって過度に一般人を保護しようとするような小物では、彼女に勝てない。

 人生におけるモラトリアム。これはぶっちゃけ、カシオペアのこと。終わらない学園祭という状態がモロにモラトリアムなのはいうまでもなし。
 学園祭最終日における世界樹大発光が目的の完遂に必要である以上、超にとってもこの終わらない学園祭は最後の思い出作りの場であり、残されたモラトリアムである。そして、カシオペアに対抗する手段は恐らくカシオペア以外にない。

 恋愛における優柔不断。これはぶっちゃけ、ハーレムのこと。今後本編がどう展開するかはともかく、「規定路線」としては最終的にネギが選ぶのはアスナのはずで、お姫さまというのはそういうモノ。ただし、現時点においては、ネギはアスナ以外のヒロインの力も借りないと問題を解決できない。逆に、誰も選んでいない状態だからこそ誰の力でも借りられることになる。それは、すでにして人の女である龍宮隊長すらも例外ではない。
 そして、これだけは超が持っていないカードである。この上超がハーレムまで持っていたらさしものネギといえども勝ち目はないだろうが、幸い超に男はいないし超側のヒロインは茶々丸くらい。恐らくネギは囲ってる女の数が決め手となって超に勝利するだろう。夕映とちうにチューしといて本当によかったという話である。エヴァ様がいなかったらもう負け決まってたしな。ま、ひょっとしたら超にチューすることで完全勝利となるかもしんないけど。

2006/9/15 金曜日

Diary/2006-09-15

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[エロ小説]巣作りドラゴン

巣作りドラゴン

 泣いてしまったわけだが。これは原作がいいのかライターがいいのか……。

[漫画]謎の彼女
謎の彼女X 1 (1)

\(`Д´)/<エェェェェックス!!!
  |  |
 / ̄\
   川
 ( (  ) )

結局メロス読んだわけだが

 他聞に漏れず教科書読みだったのだが確かにオチを読んでいなかったかもしれない。
少女A萌え。あと、あっさり盗賊をボコにする羊飼いメロスの裏付けが一切ない戦闘力に感動する。ほんとはフィクションなんかこんなんでいいんだよなあ。

[漫画]ハチワンダイバー

 メイド将棋漫画。

 ここいらで表明しようと思うがすげえ面白い。願わくばグダグダになる前に打ち切られねえかなあ。

2006/9/14 木曜日

Diary/2006-09-14

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ネギま!:超鈴音編の布石がこんなところにも

 最近「選択のフリーハンド」と「魔法」を焦点にネギまを分析しているのだが(こんな話をもうちょい突っ込むことになります)、そんな観点からは見逃してはならないエピソードが学園祭中にあった。というより、学園祭の全てのエピソードは総集編である超編に繋がっているといって全く過言ではないのだが、今回取り上げたいのは単行本10巻収録、龍宮隊長とパトロール編である。

 超の企みと告白伝説、いずれも世界樹の魔力をキーにしていることをすっかり忘れていたのだが、「事件を起こす人間に悪意はないのだが」「結果としてタイヘンなことに!」というあたり両者は良く似ている。つまり、告白防止作戦は対超鈴音作戦のプロトタイプ(の一部)だったというわけだ。今週雪ちゃんが脱がされ隊長が参上するのを見てようやく気付いた。

 そういう観点で10巻を読むと、現在のネギの悩みに繋がる部分が見えてくる。龍宮隊長は問答無用でカップルをぶっ飛ばすのだが、ネギは告白自体は邪魔せず、尊重しつつ、致命的な危機を避けようとする。そして、ネギにはそれができる。魔法使いだからだ。隊長は現時点ではたぶんネギより強いが(オトナだし……非処女っぽいし)、そういうことはできない。
 告白防止作戦の時、最大のピンチは隊長がぶっ飛ばしてしまったわけだが、まほら武道会で成長し、仲間を増やした今のネギなら超をぶっ飛ばさずに解決できるのかもしれない。

2006/9/9 土曜日

Diary/2006-09-09

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時をかける魔法少女は未来を先取りする(仮):魔法少女凛

 具体的には、栖哩さんとのメッセ、抜粋。におけるFateネタバレ部分の話。

凛はある意味未来にいる王子様をゲットしに行くのかと

 とはどういうことかというと、凛は士郎をアーチャーにさせないことを決意するわけです。エロゲーにおいて「ゲームクリア」と「異性の獲得」はほぼ等価であり、つまり凛の目的がそうであるならば、凛が獲得すべき異性とは「未来の士郎」であることになります。「現在の士郎」ではありません。ぶっちゃけた話、ゲーム期間中の二人の関係はいまいちラブラブ感が足りないのですが、それは現在の士郎が凛の獲得すべき異性ではないことによります。ゆえに、エンディング後の凛は「アーチャーにならない士郎」をゲットするためにイギリスくんだりまで飛んでいくことになるわけです。
 作中時間の話をすると、士郎が攻略しているのは凛ではなくアーチャーです。エロゲーにおけるキャラクター攻略を対象キャラクターの物語にコミットすることと定義するならば、最初っから最後まで生き方の変わらない凛よりもアーチャーのほうがより攻略されているといえます。つまり、作中時間において、士郎と凛の間には本質的に何もなかったということです。物語が動いた証明であるご褒美エッチが存在しないことがそれを裏付けます。
 こじつけるならば、未来の自分であるアーチャーを攻略した――未来にコミットした士郎は、タイムトラベラー的に未来を先取りしているともいえます。固有結界が証拠になるでしょう。アーチャーと出会った士郎は、その影響で本来不可能な早さで固有結界に到達したはずです。そういう意味でも、凛の恋人はすでに「現在」にはいないわけです。

 結論として、遠坂凛の本質は、未来を目指すキャラクターです。その凛が、Fate終了後の世界観(hollow)において、「過去に向かって疾走している」魔術師ではなく、背伸びをする魔法少女として定義されるのはしごく当然といえます。

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