銀色―完全版―

ねこねこソフト

 ああ、もうこれ何稿目になるんだろう。そんなわけで、未発表分合わせると軽く十や二十は書いてると思うんですが、また書き直します銀色レビュー。納得いかないからね。
 なんでそんなに悩んでるかって、僕がこの作品にそれだけ入れ込んでるからなんですが、より正確に言えば、僕が入れ込んでるのは全四+一章の内の一章と五章なんです。正直、他はどうでもいいんです。そういう前提で読んでください。

 さて、僕が未だ史上最高の泣きゲーとして信仰してやまない『銀色』ですが、じゃあいったいなにがそんなに泣けるんでしょうか。
 感動的な話を作ろうとするときに、別れ、もっと言えば死を使うのは、古今東西いつでもどこでも行われてきたことです。それくらい人間の死は人の心を揺り動かす力がある。悲劇的な死は、特に。しかし、それだけに世の中で最も使い古されているネタの一つではあります。つまり、安直に使うと感動させるどころか思いっきり引かせてしまうということです。言い方は悪いですが、下策中の下策といっていい。
 そして、銀色でも悲劇的な死というやつが描かれています。しかも実にベタベタな描き方で。ねこねこソフトの作る話って大体手垢にまみれてて泥臭いですからね。それだけなら、単にありがちな悲劇を描いた良作止まりの作品にしかなりえなかったでしょう。しかし、そうはならなかった。なぜか?
 先程言いましたように、ねこねこの作品作りというのは実にぶきっちょで、どうにもこうにもこりゃあ見事と感心するような作品を作ってくれないんです。でも、僕がねこねこソフトのファンであるからにはちゃんと評価すべき点も、ねこねこテイスト呼べるようなものもあるんです。それは、なにか?

 名無しの少女。
 女衒に拾われ、狭い小屋に閉じ込められ、男たちに蹂躙されるだけの日々を送っていた少女。
 その人生に一点の幸福も見いだせない少女。
 誰にも知られず、世界のどこにも痕跡を残さず、最初からいなかったかのように、ただ消えるだけの少女。そのために生まれてきたかのような少女。
 彼女の人生に意味はあったのか?彼女が生まれてきたことに意味はあったのか?彼女が生きていたことに意味はあったのか?
 彼女は主にとっては使い捨ての商売道具の一つに過ぎず、世界にとっては塵にも等しい存在でしかなかった。では、その生に、意味は。彼女が消えた後に、本当に彼女が存在していたことを示すものは。
 ない。なにも、ない。
 名無しの少女は旅に出る。
 一緒に月を見た女が首を吊った。
 彼女は旅に出た。小屋を抜け出し、あてどもなく、目指すものも意思もなく。
 名無しの少女は男と出会う。男は名前を忘れた男だった。世界のどこにも彼を知るものはなく、彼が消えたとき、世界のどこにも彼の存在を証明するものはない。
 男は、少女に握り飯をくれてやった。
 二人は一緒に山を歩いた。旅商人を斬って食べ物を奪った。
 ある日、旅商人の荷物から、朱い糸を拾った。
 終わりはすぐにやってくる。
 その存在を記憶するものはなにもなく、彼女はまるで最初から存在しなかったかのように消えるだろう。
 いや。ただ、ひとつ。
 彼女は、寂しかったから小屋を抜け出したんだと思う。

 よく言いますね。「誰かの胸の中で生き続ける」なんて。思う人がいる限り人は消えないって。
 じゃあ、その人が死んだら?他の人も、覚えていた人がみんな死んでしまったら?写真?遺品?伝記?遺灰?墓?じゃあ、全部なくなってしまったら?世界からその人の記憶が全部まとめてなくなったら、その人は存在しなかったことになるんじゃないのか。観測できないものは存在しない。
 それは、すごく、かなしい。
 でも、いたんです。僕もいた。あなたもいた。みんないた。そして彼女も、やっぱりいたんだ。
 誰も覚えていなくても。誰にも知られていなくても。なんにも残っていなくても。一粒の幸せすら手にすることがなかったとしても。
 彼女は、確かに生きてた。

 悲劇ばかりのお話でも、人間に対する優しい目は消えません。

 願いを叶える糸、銀糸。『銀色』は、銀糸をめぐり、長い時を渡って紡がれ続けた物語を描くオムニバス形式の作品です。
 銀糸は奇跡です。しかし、世界の矛盾を綺麗に修正してお話をハッピーエンドに着地させてくれるような存在ではない。それはむしろ忌むべきものです。だから人々は、数百年を超える長きに渡って銀糸に翻弄され続けることになる。完全版追加シナリオから『朱』に続く物語ではその悲しい運命に立ち向かう人々の姿を見ることができるのですが、多くの人々にとっては、銀糸はただ己の運命を恐るべき力で捻じ曲げる現象にすぎません。そして、そんな悲劇は、あまりにありふれていて作品中で全て描かれてすらいない。
 狭霧の決意も。
 朝菜の祈りも。
 大井跡の願いも。
 そして、名無しの少女も。「あの」銀糸に関わった、たくさん数の人々の思いの、ほんの一部でしかないんです。だからそれには、毛ほどの希少価値もありはしない。つまらないものです。銀糸で綴られた長い長い歴史のタペストリーにひっついている糸クズだ。ひどい話だとは思いませんか。
 繰り返します。それでも、彼女は生きていた・・・・・んです。
 だから好きなんだ。ねこねこソフトの作品って。


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