Phantom of inferno

Nitro+

 日本は平和ですよね。なんだかんだ言って。まあそれでも、やっぱり世の中うまくいかないことだらけなわけですよ。
 だから、フィクションの世界でくらい、なにもかも与えられたっていいだろう?救われたって、いいだろう?とまあ、そういう考え方は根強くあるわけですね。わかりますよ。僕もそういう気分のときはあるし。なにもそんなご大層な理由でなくとも、ただただ幸せな姿を見ていたいときだってもちろんありますよ。
 けどね。せっかくのなんでもアリの物語世界で、なにもそんなしみったれたモノにしがみつかなくてもいいじゃないの。ただただ幸せが与えられるところを見てて面白いかな。本当にそれに憧れられるかな。単純に、純粋に、美しいと、そう感じられるかな。

 僕が心底憧れるのは、ですよ。
 自分の力で、自分の意志で、望むものを掴み取る、その姿です。

 記憶を奪われ、「自分」を奪われ、与えられたのは殺しの技と、No.1の名「ファントム」のみ。暗殺者ファントム・ツヴァイには、与えられたものは何一つない。掴んだと見えた温もりも、運命という名の悪鬼の魔手が、瞬きの間に奪い去る。彼の手元に残るのは、殺すばかりの血塗れの銃と、変わらぬ絶望と後悔と。それでも彼は、銃をその手に立ち上がる。今度こそ、今度こそ、掴んだものを放さぬために。
 ああ!ハードボイルド!

 はっきり言えば、この物語は悲劇に属するそれでしょう。しかし僕がこの作品を愛するのは、単に不幸な話が好きだからありません。
 幸せなだけの話に満足できないのは、それを手に入れようとする人間のあがきこそが美しいと思うから。そういう意味で、『Phantom of inferno』はまさしく名作というべき作品です。
 銃によって失うのに、同じ銃によってしかなにかを得られない存在、最強の暗殺者、ファントム。なんと無様な、なんと不幸な、そしてなんとカッコいい存在か!

 黒髪で制服でひんぬーで殺し屋という、個人的にドツボなアインがメインを張っているにもかかわらず、最もお気に入りのキャラがクロウディア=マッキェネンだったりするのも、要するにそういうことなのです。奪われたものを、自らの手で掴む意志。『ファントム』の精髄ともいうべきそれを、言葉通り体現しているのが彼女でしょう。『この美少女ゲームで萌えろ!』というムックにおいて、『ファントム』代表としてクロウディアが挙げられていたのを見たときには「おいおい、普通にアインにしとけよ、ていうかこれで美少女は苦しいだろう、加奈・美凪・美鈴と並べたこの違和感よ」と思ったものですが、今となってはそれが全く正しい選択だったことがわかります。『ファントム』の情緒的側面を象徴するキャラクターがクロウディアであることは疑いありません。

 さて、『ファントム』といえばNitro+、Nitro+といえば銃ということで、当然ドンパチやってます。派手に。銃に対するフェティッシュな解説もあり、銃ヲタ的には垂涎ではないでしょうか。僕はそれなりなので、大喜びとまではいきませんが。しかしながら、終盤の新旧ファントム対決などは実に素晴らしいガンアクションでした。これがいっぱいあればそれは気持ちよかったろうと思いますが、銃はあくまで小道具であって役者じゃない。本当に面白いのは別のところなわけで、まあこんなところかと思います。


グラフィック:C

 このころから銃や車などのオブジェクトのCGは素晴らしい出来です。が、これがキャラになると原画・最初ともいまいち振るわず、結果としてせっかくの小道具が思い切り浮いてしまうことに。まあ、デビュー作だしね。

音楽:B

 歌はなし。
 BGMはまあまあ。地味ですが、場面にマッチするいい曲群です。

システム:D

 メニュー画面を射撃場風にしてる余裕があるんならなああああああ(略)
 使い勝手悪し。(オートモードなし、未読スキップ不可、Ctrlスキップ未実装、バックログがいまいち、右クリックでメニューを抜けられない、などなど。)銃声うるさい。遊びすぎ。変なゲームの真似(?)するなと小一時間(略)
 あと、回想もBGM鑑賞も付いてません。銃は眺められますが。やっぱなんかズレてるよなあー。  微妙な強制フルスクリーン起動は賛否両論ありそうです。フルスクリーン起動のなにが鬱陶しいって解像度を勝手に変更するのが鬱陶しいわけですが、この作品はフルスクリーンとはいってもウィンドウの周りを黒で塗りつぶしているだけで、他のウィンドウを呼び出すのも簡単。全面否定はしづらいものがあります。見やすいのは確かですしね。

実用性:D

 シナリオライター虚淵氏が自らよく言っているように、エッチシーンは正直薄いです。これ、問題点ははっきりしてまして、尺が短いことなんですよ。3分で終わるものな。心理描写が巧みなので行為はライトでも盛り上がりはあり、より即物的に言えばティムポは立つんですが、そこから出すとこまでもたないのが困りもの。うーむ、実に惜しい。これでせめて15分くらいあればのう。

ボイス:なし

 かえってテンポ悪くなりそうだからいらない……かとも思ったんですが、あってもいい気がしてきました。アインにしろ、ドライにしろ、クロウディアにしろ、文章に表面的には表れない感情の機微を演技で出して欲しいキャラですからね。もちろん相応の演技力は必須。プッツンモードのドライとか、キレ演技のうまい人にやって欲しかったなあ。PS2版とかどうなんだろうなあ。

キャラ萌え:A

 いや、これを萌えというと明らかに語弊があるんですが。キャラ萌えっていうよりキャラ燃え?虚淵氏はLeafの『痕』をやってこれを作る気になったらしいですが、キャラクターが自ずからテーマを語っているあたり、いかにもそれっぽいと思います。特にクロウディアとドライな!ドライは、かの名台詞がすべて。女は強い。クロウディアは……もうなにも言わん。許す。僕は許す。
 あと、脇役ながら非常においしい位置にいるのがリズィ。全くもって萌えませんが、全てのルートでいぶし銀の活躍を見せてくれるいいキャラです。

シナリオ:A

 なにより素晴らしいのは、刃物のようなテキストの切れ味。展開のスピード感もさることながら、ここぞというところで繰り出される名台詞・名文句の数々はまさしく絶頂モン。すごいよ。もう全部挙げてたらキリないんでやりませんが、一つ、あまりネタバレにならないのを挙げるならこれでしょうか。(でも伏せとく)

願わくば、あの敵を地獄の業火で焼くために……
どうかサタンよ、この50発に必中の加護を。
我が手の9mmと.45口径に、一撃必殺の祝福を。

 カッコいい。それに尽きます。

 あとは、なんかもうほとんどヤケクソ気味にエロゲーっぽくないので、なんぼレベルが高くても評価は別れると思います。そこが『デモンベイン』との致命的な差でしょうか。あとはボリューム不足。もう随分古い作品ですが、これさえ気にならなければ楽しめると思います。


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