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Diary/2005-08-18

[漫画]武装錬金Final

 武藤カズキ、ね。誰かに似てると思ってたんだ。一緒では、ぜんぜんないんだけど。

 大十字九郎。

 そしてもう一人。衛宮士郎

 結論は完結編まで待とうじゃないか。

[雑談]TVドラマ電車男を見た

 いちいちムカついたポイントを記していくとキリがないし別に独自性もないので措くが。

 面白いなーと思ったのは、エルメスのリアル知り合いで電車男スレを知る男の存在。『電車男』の物語の特殊性は言うまでもなくギャラリーの存在にある。実際に毒男として祭りに参加した人たちがいる以上、視点人物は電車ではなく毒男たちになるのが本来のはずだ。しかしそれでは到底鑑賞に堪えうるドラマ的強度を持ち得ないために、映像化された『電車男』は「主人公」たる電車を視点人物としてフィーチャーし、彼の語りをもって物語としてのパワーを得たわけだ。
 ここで電車男が本来毒男の一人である(とされている)ことに注目しなければならない。エルメスを痴漢から救うという機会を得て電車は「彼岸」に足を踏み出したが、彼はもともと「此岸」の(文字通り)住人であり、此岸の視点を持ち合わせている。対してエルメスは徹底して「彼岸」の住人であり、「此岸」の住人たる「我々」にはその内面を推し量れない。ゆえに映画『電車男』のエルメスは徹底して内面を見せない人形のような女として描かれた(らしい。見てねえし)。

 しかし、『電車男』を恋愛ドラマとして再構成するにあたって、エルメスを「恋愛対象」や「ヒロイン」ではなく主役級に引き上げる必要が出てきた。そうでなければメインターゲットである若年女性への波及力は持ち得ないからだ。しかし、エルメスと毒男たちの間に横たわる三途の川が、両者が同一の舞台に上がることを妨げる。である以上は、ドラマ『電車男』は両者を別の「舞台」で描写する群像劇的な作品になるはずだった。実際、概ねのところはそのようなものだ。
 しかし、例の男の存在が二つの舞台の橋渡しとなる。ぐぐるのめんどくさいから彼で通すが、彼はエルメスの知人であり、そういう意味では「彼岸」の存在といえなくもない。しかし、彼の好意はまったくエルメスに届かない。そして彼の姿は2chで繰り広げられる『電車男』の物語に登場しないのである。その意味では彼は「ディスプレイのこちら側」の存在であり、それゆえに毒男たちにとっては畢竟バーチャルであるエルメスを「此岸」に繋ぎ止める役割を果たしている。彼は「エルメス」ではなく「青山さん」に接触できる立場にいるゆえに。これは大変なエポックメーキングであると思う。

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きゃっと・ふぃすと