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Diary/2005-09-15

[ライトノベル]わたしたちの田村くん2

 ビバ! これが! これこそが! わたしたちの田村くん! むしろわたしたちが田村くん!
 ラブコメとかじゃない、わたしたちの田村くんを読むんだ。読むべきだ。読まないやつは腹を切って死ぬべきである。詳しくはわたしたちの田村くんで熟知せよ。

 っていうか、終わりかよーぅ! あとがき読んでがっぽり凹んだわ! いやまあそれなりにちゃんと終わってるけど、足りん! 松澤分も相馬分も、ついでに伊欧分もぜんぜんまったく完全に足りていない! あーくそー、食い足りねえー。これほどの飢餓感をラノベで味わったのは初めてだ。ゆゆこたんはもう書きたくないかもしれん。惜しまれるうちに終われるのは作品として稀有な幸福だということもわかっている! しかし! もうちょっと書けるんじゃねえのかこれは! 俺は断固としてアンケート葉書を送り続編をキボンヌする。だってゆゆこたんがエロゲーに戻ったりしたら二度とアンケート出せなくなるかもしれないじゃない! 俺は出すね! 恥も外聞もなく続編希望するね!
 とはいえ、俺の本当に望む結末、つまるところのわたしたちの田村くんEDでありようするに同時攻略的ハーレムEDはどう考えても不可能なのよね。それがライトノベルというもの。不可視の鎖。じゃあ俺が書くかかかっかっかっかっ書けるか! 書けねえよ! なんかもうお前SS書いたことないだろっつーのと別次元で無理! 俺の中に田村くんがいないもの! くそっ、分かってるんだろうな担当編集、エロゲーの世界から田村くんを引っこ抜いた意味が! 田村くんハーレムEDはもはや電撃文庫でしか実現しえないんだぞ? 今更フライングシャインあたりに作らせるわけにはいかねえだろうがよぉ……。

[雑談]のまネコについて

 旬なネタは腐りかけに食いつく、それが猫拳クォリティ。

 で、ま、avexが全面的にクソであることには事情を知る人の99%超が同意すると思うので、今更ave糞がどのようにクソであるかを喋りはしない。いつものようにもっと詳しいひとがいっぱいいるし。ハピマテ騒動への意趣返しか? とかちょっとおもしろい陰謀論を唱えるにとどめよう。
 問題はいかにしてavexというビッグパワーに一矢報いるかであり、これに関してはいつもごとくやる気なさげなひろゆき含め処置なしってとこじゃございませんこと? 少なくとも訴訟して勝てるとは思えんし、そもそも誰が原告になるねんという話であり。誰も損をしてないのがかえって問題をややこしくしているところではあるわな。いちネットヲタとしては、ネット上のおもしろいものが広く紹介されたという点で感じるところなきにしもあらずであるし、『毒男』出版騒動のときのように分かりやすく誰かが泣くわけでもなく、正直なところいまいち義憤の沸きにくい事態ではある。ただavexの原作者――O-ZONE及びFLASH作者へのリスペクトのなさにリスペクトを減衰させるのみ。

 そういうわけで、運動をきちんと追いかけているでもなし、いまここ!的ななんかしらを把握しているでもないのだが、我々……とあえていうが、我々が求めているのはなんなのかというのは明確にすべきと思う。商品の販売停止? でもモナーグッズだってさんざん売られていることだし、それで誰か幸せになるわけでもなさそうな雰囲気じゃね? そこにビジネスチャンスがあるのをむざむざ看過すべきとは俺は思わないし、買いやしねーけど、仮に誰かから貰ったら嬉しいかなとも思う。要するに元ネタの存在を隠匿し、名声を掠め取るがごときの行いが、皆さん、許せんのじゃないかと思うわけ。カネの発生なんぞ二の次、じゃない? すげえ傍から見て喋ってるからなんかピンボケしたこと言ってるかもしれないけど。
 つまり行われるべきはavexが仁義の切り方も知らねえ盗人会社であることを知らしめ、ネットに数多存在する神々にしかるべき名誉を(特に現実の個人に対せずとも)与えること、そのものでありそれだけだと思うんだけど、何も具体策は思いつかないし考えるモチベーションもないのでブン投げる。

[雑談]ツンデレについて

 ツンデレというものが、萌え属性のひとつとしてこれほど広範に認知され、支持されるようになったのはなぜか。

 まずは定義から入ろう。ひとくちにツンデレといってもおおまかにいって2つのパターンがある。ひとつは「普段はツンツンしているけれども、場合によってデレデレになる」パターン。いまひとつは「最初はツンツンしているけれども、そのうちデレデレになる」パターンである、と思う。もちろん両者が並立する場合もあるし、どちらともつかない場合もあろうけれども、要素としてはこの2つにわけられるはず。で、前者が恐らく漫画を中心に成立したもので、後者は主にエロゲーからきていると考える。そして、今言われる「ツンデレ」の多くは後者であろう。
 なぜ後者のパターンにエロゲーに多く見られるかというと、エロゲーは女の子を「攻略」するものだからである。好感度を上げていき、何らかのイベントを経て結ばれる、というエロゲーの典型的シナリオパターンからすると、「ツンデレ」という要素が極めて使いやすいことは自明であろう。
 しかし、後者のパターンの中でもツンデレはまた分類することができる。ひとつは「最初は嫌われているが、後に好かれるようになる」パターンであり、いまひとつは「最初から憎からず思われているが、相手がそれを態度に出さない」パターンである。これまたおおざっぱな分類ではあるが、歴史的に見れば前者から後者への遷移はかなり明確に見られ、今の主流は後者である。これは近年の作品に多く見られる「男に都合のいい設定」の上で「攻略」を発生させるための必然的な対応といえるだろう。(あるいは、その手の作品を鑑賞し慣れた受け手には、「ツン」なキャラクターがいるだけでその先の「デレ」を読まれてしまうという事情もあるかもしれない。が、それは本論とは、微妙に関係ない。)
 さて、ここで言わんとしていることは、ツンデレの変化発展にはエロゲー・ギャルゲーのシステム上の制約が影響しており、両者の間には強い関係があるということだ。

 僕の認識では、ツンデレについて語られるとき、多くの場合には「萌え」の概念が強く紐付けされている。あるいは、萌えを語るときにはしばしばツンデレについて言及される。両者の相関を疑う人は少なかろう。
 ツンデレと同じように使われ、辿ったプロセスは異なるにしても同様に認知され、市民権を得た言葉としては「天然」があると思う。しかしこれに萌えと関連付けて言及する人は多くない。これも「萌え属性」のひとつといって問題はないはず。近頃のはやりではないにしろ、「天然」なキャラクターの登場する美少女ゲームも決して少なくはない。なのに「天然」と「萌え」の間の関係の強さはツンデレとのそれとは雲泥の差がある。なぜか。
 結論から言えば、「萌え」の技法とツンデレには強力な親和性、もっと言えば類似性があるのだ。現在構想中の「萌え論」の中で述べることだが、「萌え」の技法とはデータベースから大量の情報を引き出そうとする試みのことだと僕は考える。その中の有力な一技法が「再解釈」であり、これは例えば「かつて自分に向けられていた冷たい態度が、実は好意の裏返しの照れ隠しであった」というような場合に起きる心理的はたらきのことを言っている。このとき、我々は表層的な「冷たい態度」とその裏の「照れ」を同時に味わうことになる。この「反転」は、いわゆるところの「ツンデレ」に大変近い。つまり、人が「ツンデレ」に「萌え」るのは至極当然の話なのである。

関連:
珍獣くえすの書きなぐり日記 [2005.9.14]
 ツンデレは、一度ハッピーエンドにしてしまったヒロインを、次の一冊でも使いまわす為に考え出された、窮余の策なのである。それはそれで非常に納得のいく話。でも本質的な話ではない、と思う。

萌え論 第七回 どうしてツンデレは僕らの心を掴むのか
 激しく論点が違う。

[雑談]部屋を片付けたり

 長文を書いたりしているのは、目の前の問題からの逃避に間違いない。

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きゃっと・ふぃすと