Diary/2006-01-14
[漫画]千雨と茶々丸は仲良しさんだが実際のところどうなんだろう
放置中の千雨コラム準備編、仕事中のメモより。一部すでに書き起こした内容と被る。
『ラブひな』と『ネギま!』の違いとして、主人公のモテに説得性があるか否か、という点が挙げられる。要するに、景太郎が理由もなくモテていた面が強いのに対し、ネギはモテるべくしてモテているということ。
そのネギがモテる理由のひとつに、ネギが10歳であることが挙げられる。子供だからカワイイのだ。そしてそれゆえに、ネギまのヒロインたちは基本的に「お姉さん」である。
その数少ない例外に、千雨と茶々丸は含まれる。両者は、ネギに「お姉さんぶった」接し方をしない点において似たもの同士なのだ。
(千雨は、うーん、年上は年上なんだけど、年上の友人っぽいっつーかアニキっつーか、少なくともアレはお姉さんではない。殴り方もアスナと違うし。つーかちうがガスガス殴るのいいよねー。俺も殴られたい。)
で、確かに似たもの同士なのだが、同じように対等に接しながらもその理由は明らかに異なる。
千雨は、タカミチに対する敬意のカケラもない態度からも知れるように、目上の人間を無条件に重んじるタイプではないようだ。その性質は目上であると同時に目下でもあるネギに対しても発揮されている。教師として、というか人を教え導く人間として明らかに未熟なネギを決して「先生」として認めることはない。ガスガス殴る。また、目標に向かって邁進するネギの意志力を軽んじることもない。対等な人間としての接し方に徹している。
ネギの目的そのものには深入りせず、しかしコスプレ大会で応援した分の「責任」を果たしたネギに対して影ながら協力してみせるやり方は、いかにもそんな千雨らしい誠意だ。
茶々丸の場合、絶対の主であるエヴァ以外には目上も目下もないようなところがあるし、そもそも精神的にかなり幼げなので、フツーに恋する乙女になっている。茶々丸が好きなのはただの10歳のネギ少年である。
つまり、千雨はネギに「大人」を求めているが、茶々丸は「子供」を求めている。この二人の関係は、ある意味ではネギの二面性の縮図である。似たもの同士であるがゆえに、宿敵ともいえるわけだ。
ゆえに、今週のアレを単に千雨の対人関係のドライさの表れと捉えるのは読みとしてちょっとつまらない。実現の可能性は低いとは思うが、あのシーン自体物語的に意味のあることと思う。
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