Report/萌え論:「漫画とギャルゲーにおける萌え技術の違い」
漫画にせよギャルゲーにせよ、萌えとか恋愛とかを志向する作品であればほとんどの作品が最終的には主人公(ここでは便宜上男に限定する)とヒロインの恋愛関係の描写に収束する。
中途の進行についても基本的には主人公とヒロインの関係を軸とするが、ストーリーが単調になるのを避けるため、この関係には内部外部問わずなんらかの揺さぶりがかけられるわけだ。
漫画やアニメの場合、これはしばしば「ライバルヒロインの投入」によってなされる。主人公とヒロインの関係と比較されるつながりを用意し、それを切り口として関係の再解釈を行うわけだ。ゆえに、萌え・ラブコメ・恋愛漫画では三角関係がほとんど必須の条件とされることになる。
しかしながら、ギャルゲーにおいては必ずしも三角関係は要求されない。その代わり、ギャルゲーではヒロインの新たな一面を発掘することにより関係の再解釈を行う手法が多用される。その典型的な表れが「ツンデレ」である。これに限らず、多くのギャルゲーではヒロインの個性の転換が行われる。(個人的にはこのような手法が最も有効に使われたのは『月姫』のアルクェイドルートにおいてであると思われる。)
ヒロインの個性の転換が起こらない作品においては、主人公の個性を転換させることによって結果的にヒロインへの見方・態度を変化させる手法がとられる場合がある。(『こころナビ』など。)
両者の違いはそのメディア特性の差異による。漫画においては主観視点の描写は難しく、ほぼ全ての作品が客観視点で描かれている。一方、AVG(テキストゲーム)においては主観視点の描写は極めて自然であり、ほとんどの作品が主観視点を中心に描かれている。
ゆえに、漫画においては第三者の視点で「関係」そのものを見るのに対し、ギャルゲーにおいては主人公の視点で「相手」を見るという違いが出てくるものだと思われる。
このように、メディア特性は作品内容に強く影響する。一般的なAVGにおいては三角関係の描写は難しいといえる。美麗なアニメーションを売りにした『スクールデイズ』が明確に三角関係を主要テーマとして提示したのも、表現技法の影響が考慮できる。
※まとめ
- 漫画は「主人公とヒロインの関係の変化」を描く。
- ギャルゲーは「主人公のヒロインに対する見方の変化」を描く。
- 両者の差異は、メディア特性の違いによる。
- メディア特性が作品内容にも影響するといえるかもしれない。