月夜ルート感想
『月神の慟哭』作者解説として
あるいは、月夜エンド御都合主義説に対する反論

 月夜ルートのエンディングが、御都合主義だという批判を受けているようですが、僕はこれに反対します。

 そもそもご都合主義な展開とはどういうものなのでしょうか。
 例えば、作中に存在する理論理屈を捻じ曲げたら、それは御都合主義と言えるでしょう。一言で言うなら設定の破綻です。
 この点に関しては、完全否定はしかねます。どこからともなく命が出てきたりすることはないものの、なぜ恭一に月夜と同じことができたのかという疑問には明確な説明が用意されていません。
 個人的には、「恭一が月夜の生命力=魂の半分を受け入れたことで月夜と共鳴(本体の生命力が弱まったことで主体が半ば恭一の「中」に移行)し、月夜との霊的なラインが開きやすい状態にあったので、月夜のサポートによって“接続”が可能になった」という解釈をしていますが、(『月神の慟哭』での描写にも反映されています。しかし自分で書いてなんだけどわけわからんな)これもこじつけといえばこじつけですし。そもそも月夜の能力に関しては解釈次第でどうとでも取れる記述しかされていません。また『Dear My Friend』とはそれが必要な作品でもないでしょう。そこまで話を遡るのなら、この月夜ルートを『Dear My Friend』に含めたこと自体が誤りだったと言うほかにありません。……実際、そりゃ大アリだと思うんですが。
 しかしながら、ならばまずこの設定のあいまいさを指摘するべきであって、エンディングのみを以って批判するのは的外れです。

 もう一つ、「御都合主義」の定義として、物語のあるべき展開を捻じ曲げて都合のいい結果を出すこと、というものがあるのではないかと考えます。
 悪例を挙げるなら、漫画ですが『3×3EYES』か『DRAGONBALL』でしょうか。これらの作品は、作品内の論理は破綻していないものの、心情的に納得できない、死ぬべき人物が生き残ってしまっている作品だと言えます。
 このような作品においては、キャラクターの死に対する緊張感が薄れ、その裏返しとして生の緊張感、命の価値も失われます。そして月夜ルートのシナリオに対して、このそしりが向けられているのではないかと思われるのです。

 実はこの点こそが月夜シナリオの肝ではないかと思うのです。
 月夜はなぜ生き延びることができたのか。月夜に救われた者たちが、かつて彼女に分け与えられた命を返したからです。当初、月夜が治療していたのは物言わぬ動物たちでした。恭一の転落事故を契機に、人間にもその力を使うようになるのですが、当事者には一切を秘密にしていました。いかに恭一が認めようとも、生き物の死に耐えられない弱さで偽善を為していること、なにより恭一と過ごせるはずの時間を削り続けていたことに罪悪感というか、納得のいかないものを感じていたのではないでしょうか。(だからこそ、恭一には自分の寿命についての諸々を伏せていたのだし、恭一を助けたことも言わなかったのにはそういう含みもあるのではないでしょうか。月夜は言いたくないことは言わない人ですからね。)そしてプレイヤーの方も、恐らくは「死んでも仕方がない」という印象を持ったのではないでしょうか。それがため、月夜の神性と裏腹の腹黒さを、これでもかこれでもかと描写していたのではないでしょうか。
 ここであのクライマックスが活きてきます。ただ身勝手に生を願った月夜に対して皆が命を返したのは、月夜が救ってきた者たちと彼女との間に絆があったことを示しているといえるのではないでしょうか。感謝が、あったのです。この瞬間こそ、常に不幸の色に染められていた月夜の『力』に対するパラダイムシフト、そして幼少時に受けた拒絶の記憶から連綿と続く『力』へのトラウマの払拭の時でした。「気持ち悪い」力が受け入れられた瞬間だったのです。

 ことここに至り、ようやく月夜は、世界からも恭一からも自分からも、観客からも許されて生きていけるようになるわけです。この大転回を経て、ようやく月夜がハッピーになれる下地が整うのです。まさにこのためにこそ、あのシーンがあるのであり、それゆえに、あのシーンを否定するのならシナリオを丸ごと否定しなければならないのです。決してシナリオ的に唐突なシーンではない、むしろ絶対必要なシーンであると主張するのです。

 この作品においては、登場ヒロインが友達だったり幼馴染だったり妹だったり、恋愛以外の関係が先に存在しています。(小麦はない。なので基本的にシナリオがバラバラなこの作品の中でも、特に浮いてしまっています。ツンデレだからキャラ的にはそれっぽいけど。)しかも都香と一発キメてる(しかも当たってる)過去がある上に麻衣という「公認」が常に存在するわけで、誰とくっつこうがお互いに有形無形の罪悪感からは逃れられないわけです。
 僕が全体感想のほうで「恩返し」がこの作品のキーワードではないかと言ったのはこのためでして、攻略ヒロイン以外にかかずらわれないエロゲー的な都合上、どこかでなんらかの形で「助けて」もらわないと、この作品はきれいに終われないんです。それを最大限拡大解釈したのが、つまりは件のシーンではないかと僕は考えるのです。

 『月神の慟哭』は、そんなことを言いたくて作ったASです。

関連リンク

全体感想
AS『月神の慟哭』ダウンロード


レビュー

インデックス