ましろ色シンフォニーFD予測
と紗凪の初恋

松波総一郎

前提となるエントリが以下。

上記エントリでは、みう先輩シナリオにおける紗凪の台頭は、意図があってのことで、つまりわざとなんだよ、ということを書きました。一見ノイズでしかないそれが自覚的だと主張する論拠として、場面のつなぎ方が挙げられます。

新吾とみう先輩のラブラブ場面を盗み見てしまった紗凪が雨の中ブランコに揺られるというシーンがあるのですが、雨に打たれ愛理に慰められながらも結局泣いてしまう紗凪が描かれた後、なんと恐ろしいことに、新吾とみう先輩のラブラブは進化し、ベットインまで発展していってしまいます。

悲惨な奴……などと紗凪に感情移入できてしまうこの構成は、みう先輩のみをヒロインとして考えたとき正に不要な情報と言ってよく、そしてそれは書き手たるライタにとっては自明であり、つまり意図があったと解釈せざるを得ません。それを踏まえた上でそこに何が潜んでいたかということを上記エントリでは論じましたが、ラジオを経て振り返ってみると、いささか浅薄だったように思えます。

というわけで、本エントリでは、紗凪というキャラクタと彼女の恋愛に対して再解釈を加えることで、エロゲヒロインの構造と、来るべき『ましろ色FD』の内容予測を試みてみたいと思います。はじまりはじまり。

 

エロゲのヒロインは主人公に選択されなければ物語を始めることができないが、紗凪においては「主人公に片思い」することで物語を駆動させている

紗凪の物語が片思いという構成で既に語られていた、と解釈するのであれば、彼女を単純なサブヒロインとして見た場合と比して、様々な要素が違う色彩を帯びてきます。たとえば、紗凪ルートにおける「ましろ色」は、純情にも片思いを一生大切にすると宣言してしまう「紗凪の初恋」であり、続く「シンフォニー」は紗凪をもうひとりの主人公と位置づけることで、新吾-みう、紗凪-愛理の4人で織りなす多楽章曲と解釈することが可能になってきます。また、それこそみう先輩ルートの主人公は紗凪といったことを、事実として語ることが出来ます。しかし、それは果たしてどこまで有効なことなのでしょうか?

 

エロゲヒロインの物語

エロゲヒロインは、主人公との共犯関係によって成り立っていると言えます。ゲーム当初から数あるヒロインから陰に陽に好意をおくられる主人公は、選択肢というプレイヤーの介入によってひとりのヒロインを選んでいくことになります。ゲームが進行するに従って、画面上に表出する好意の量は選択されたヒロインのものだけになっていき、結果、主人公はそのヒロインを伴侶とするようになります。その過程において、ヒロインの物語、あるいは主人公がそのヒロインと関わったときの物語が提示され、解決されます。そして物語は大団円を迎える。これがエロゲヒロインの基本設計です。

 

紗凪の固有性

紗凪は、キャラクタ紹介においてサブヒロインと定義されていましたが、みう先輩ルートにおいては、紗凪の初恋における一連の流れ、つまり主人公に好意を持ち始め、恋であることを自覚し、みう先輩と新吾の関係に気付き、破れ、そして立ち直っていく過程、それが丹念に描かれます。その結果、「紗凪ルートマダー?」と言われ、発売後の公式人気投票では1位をもぎ取り、FDで何らかの出番が与えられることになりました。

そう、みう先輩ルートにおける紗凪は、ヒロイン、さらに言ってしまえば主人公といって差し支えないほどに前面へと出てきます。しかし、その露出の多さは、単純にFD発売の為の撒き餌だったのでしょうか? 我々はその餌にまんまと食いついてしまったのでしょうか? 私はそうでないと考えます。なぜなら、紗凪の魅力は、みう先輩にはかなわないと自覚しつつも、その恋と必死に戦い、その恋を力強く肯定した姿そのものに認められるからです。従って、この時空における紗凪の姿なしに、その魅力を解することは不可能です。

本ルートのライタであるおるごぅるは、エロゲの各ルートにおける平行現象を、紗凪と愛理との会話によって、あえてこのルート内で指摘しています。

愛理「……でも、迷信じゃなかったのかしらね」

紗凪「んん、なにが?」

愛理「女は恋をすると綺麗になるっていうの」

紗凪「さあ?」

愛理「いいけどね、別に」

紗凪「あによ、勝手にひとりで納得して――」

愛理「癪だから言うのやめた。はいはい、あたしも独身決定っと」

これを、紗凪ルートと愛理ルートの愛理はそれぞれ全く異なる人間である、と解釈することに何ら問題はないでしょう。それはある意味で当然です。愛理は新吾との経験によって、大きく変化したのであり、そのふれあいなしに、愛理にとって変節とも言える成長を、果たせる筈がありません。

ルートの中にとどまるからこそ、そのヒロインの魅力は一回性を帯びる、あるいは他のルートと共有されないという自覚は、畢竟紗凪ルートの紗凪はそこにしかいないのだという認識につながります。神たるプレイヤーは確かに紗凪ルートの紗凪と、FDにおける紗凪を同一のものとして接続することが可能ですが、根本的なこととして、FDが紗凪ルートアフターでない限りにおいて、プレイヤーが心動かされた紗凪とそれとは違う、ということを踏まえておかなくてはなりません。

 

みう先輩の立ち位置

本エントリでは紗凪ルートと何度となく書いていますが、実際はみう先輩ルートと呼称するのが妥当です。所詮紗凪は公式の位置づけにおいてサブヒロインに過ぎず、このルートで新吾と結ばれるのはみう先輩なのですから。しかしながらこれまで述べてきたようにサブヒロインとしては類い希な存在感を放ち、みう先輩を喰うぐらいの勢いが、紗凪にはあります。それでは一方のみう先輩はどのような存在なのでしょうか。

みう先輩は、強調されているわけではありませんが、このゲームの中で唯一欠点らしき欠点のない存在として描かれます(そんなミスパーフェクトなみう先輩が母親には全く敵わないという脱臼のさせ方は、非常に上手いと言えるでしょう)。森を切り開いての都市開発に対する反対運動に参加し、その後はぬこ部を設立して森を追われ街中で傷ついた動物を救ってきました。そんな姿に憧れた紗凪は、みう先輩を何とかして支えていきたいと思うようになります。紗凪の過剰なまでのみう先輩ラヴはこの辺りに依拠しています。

みう先輩はぬこ部に新吾を勧誘しますが、この真意は「周囲に気を遣う新吾を癒す場としてぬこ部を提供した」と解するのが妥当でしょう。本来のエロゲであれば、この辺りに後々主人公が気付くことで、みう先輩のことを好きになり、ルートに入るのですが、新吾は持ち前の気配りを発揮することなく、この辺りを全スルーでみう先輩を好きになります。動物に対するみう先輩のスタンスを知る場面はあるのですが、それは紗凪によってもたらされることによって独力で気付くのよりずいぶんとインパクトが弱くなってしまっています。つまり、「新吾がみう先輩に惚れる理由がゲーム内では見つからない」のです。本エントリの主旨ではありませんので、「何故」という点は措きますが、事実として認識しておく必要があります。

いずれにせよ新吾はみう先輩のことが好きになり、みう先輩も新吾に好意を持つようになります。一方の紗凪も、みう先輩を支え、意外と気の付く奴であり、みう先輩自身も好意的に見ているらしい新吾に対して視線を送るようになってきます。そして本当に、いつの間にか、恐らく紗凪本人にも判らない内に新吾に対して好意を持ち始めるようになります。

この辺りの、描かれないけれども必ず存在する時間によって紗凪が新吾を好きになるというのは、直截なイヴェントを経てお互いが惹かれあう平凡さと比して、ひどく秀逸だと言えるでしょう。しかしながら一方では、お互いが共有する時間ではなかったため、新吾と紗凪で温度差が生まれる結果ともなりました。

さて、この紗凪の好意に関して新吾が気付いていないのは自明のことですが、みう先輩はどうでしょうか。それが明示される場面はありませんが、恐らく気付いていた可能性が高いでしょう。

超至近距離で目が合う。

紗凪「…………」

紗凪「うわわ――っ!? ちょ、まっ、なんでお前がっ……」

新吾「と、とりあえず、落ち着こう」

倒れた俺の上に馬乗り状態で、紗凪はじたばたし始めた。

俺も冷静になろう。

ここはあれだ。女を目で殺すぐらいの落ち着きを持って。

新吾「紗凪」

紗凪「あ……」

見つめると、紗凪の動きが止まる。

新吾「自分で立てる?」

紗凪「…………」

紗凪「た、立てない……」

新吾「へ?」

紗凪「腰が抜けた……足に力が入んない……」

新吾「腰が抜けたって……」

紗凪「お、お前が変な目で見るからだろうがっ。バカっ、死ねっ、消えろっ、このクズムシっ」

新吾「危ないって、そんなに暴れたら」

紗凪「みう先輩、見てますかっ。男ってのはこういう危険な生き物なんですっ」

紗凪「ここはあたしが食い止めますっ。逃げてっ、早く逃げて――――!」

みう「…………」

新吾を心配し、ぬこ部に引っ張ってくるだけあって、みう先輩も、他人に対する洞察力に優れた人物であると想定されます。従って上記で引用した「……」は彼女が紗凪の心情を察したことと解釈することが出来ます。

しかし、それによる行動を、みう先輩は起こしません。紗凪に告白するようにつげることも、新吾に紗凪の気持ちに気付くように言うことも、あるいは新吾を取られないような行動を起こすこともありませんでした。これはどういうことでしょうか?

このような「修羅場」は、エロゲに限らずラブコメにおける萌えシチュとして古くから導入されてきました。あるいは『君が望む永遠』や『スクールデイズ』のように修羅場を中心に据える物語が、ゼロ年代中盤はヒットを飛ばしました。

しかし、『ましろ色』は、そのいずれも選択することなく、話を展開させていきます。加えて言うのであれば、このルールは全ルートにおいて共通して採用されています。ラブコメ、しかもいちゃラブを前面に押し出した作品にもかかわらず、「修羅場」を利用しない、これは瞠目に値することではないでしょうか。

他ルートと異なり、三角関係になり得る危険性を内包したみう先輩ルートですが、しかし、当事者たちは「修羅場」へと足を踏み入れることはしませんでした。みう先輩が行動を起こさなかった理由、それは選択を紗凪に委ねたのだと思われます。みう先輩のプレゼントを買いに行くと称してふたりがデートをすることも、紗凪の婉曲な告白も、全て起きうることを見通して放置します。逆に言うと、紗凪も、みう先輩へと傾いていく新吾の気持ちを力付くで引き留めるようなことを、しませんでした。新吾のみが状況に気付かない中、ふたりとも流れに全てを委ねていきます。しかし、ふたりとも新吾に対する気持ちは些かも衰えていませんでした。

この静かな、しかし力のこもった恋のさや当ては、みう先輩ルートにおける屈指の見所と言えるでしょう。

 

愛理の役割

このルートにおける最後の重要人物として、愛理が挙げられます(新吾のぞく)。彼女の役割は大きくふたつあります。ひとつは、先に述べたように、ルートにおける非同一性を明らかにすること。もうひとつは、紗凪の心情の聞き手となることで、彼女の気持ちをより鮮やかに示すことでした。

紗凪「あたしは納得しちゃってるから」

愛理「納得?」

紗凪「新吾はすごいヤツだって」

愛理「どこがすごいのよ。あんなの、ただニコニコしてご機嫌をうかがってるだけじゃない」

紗凪「愛理はわかってないなぁ……」

愛理「え?」

紗凪「簡単に励ましたりしないから、あいつはすごいんだよ」

紗凪「……あいつがああやって笑ってるから、みう先輩も元気でいられるんだ」

この一見地味な役割は、紗凪が自分の気持ちを認めること、そして紗凪の想いの深さを画面上に遺憾なく示すことが出来る、という点において、非常に効果的な手段だと言えます。また、同時に「恋を知らない愛理」を浮き彫りにすることで、愛理ルートにおける彼女とのコントラストを、より鮮やかにすることも出来るのです。

 

紗凪の初恋

これまで見てきたように、紗凪の初恋は、彼女も気付かないうちに静かに進行し、気付いたときにはもう手遅れというぐらい彼女の深部に刺さってしまっていました。そのことを愛理に語る内、紗凪は自分の気持ちを自覚しますが、その時、新吾の気持ちはみう先輩に傾いてしまっています。みう先輩は、そんな紗凪の気持ちに気付きつつも、何もアクションを起こさないという決定を為します(あるいは彼女もどうすればいいのか判らなかったのかも知れません)。紗凪はそれに気付くことなく、みう先輩には敵わないと諦めつつも、しかし諦めきれない気持ちが婉曲な告白や、みう先輩へのプレゼント購入を装ったデート勧誘へと彼女を突き動かします。

そういった紗凪やみう先輩の心情を、新吾は気付くことができませんでした。彼の他人への気配りは、神経を張りつめた中でこそ可能なことであり、ぬこ部へと誘われ、安息の地を得たことでそれを失ってしまった新吾にとっては、もう出来なくなってしまったことだったのです。みう先輩が新吾をぬこ部へと誘い、それを新吾が受けた瞬間、運命は決まってしまっていたのかもしれません。

新吾に選ばれなかった紗凪はブランコに揺られて泣きます。バックグラウンドで物語が進行している本ゲームにおいては、ユーザーの見えないところで紗凪がいっぱい泣いたことは、想像に難くありません。

そうやって泣き続けた紗凪はついに泣き笑いのような顔で言います。

愛理「女は、恋なんてするもんじゃないわね」

紗凪「……いい経験になったけどさ」

愛理「ふ〜ん、これを機に恋愛の達人でも目指してみる?」

紗凪「そんなの無理」

紗凪「だって、終わっちゃったもん。あたしの最初で最後の恋――」

ゲーム中でほとんど見ることの出来ない立ち絵をつかったこの科白は、この時の紗凪の心情を察すると堪らないものがあります。

これを彼女の「物語」と呼ばずして、何と呼ぶべきでしょうか。

紗凪の初恋はかなうことはありませんでしたが、彼女は確かに恋をし、そして成長しました。紗凪をのぞく4人(愛理、桜乃、アンジェ、みう先輩)のシンフォニーがゲームのコンセプトであることは間違いのないことですが、そんな中(みう先輩ルートの中)で紗凪は紗凪を中心とした4人でのシンフォニーを鮮やかに浮かび上がらせたように思えます。その総決算こそが上述の彼女の科白であり、それが羽化するような形ではなく、こもる意味をもった科白であったことが、紗凪(さなぎ)という名前を指しているのかと、唸らせられた瞬間でした。

 

来るべき紗凪FDの中身は

ここまでで明らかだと思いますが、私自身は、紗凪アフターこそがFDの中身だと思っています。そしてそこで紗凪の横に立っているのは新吾ではなく、恐らく別の人物。

というか、非攻略キャラゆえにむしろ、みうシナリオ特有のできごとなんじゃないでしょうか。みうシナリオ以外だったら、普通に夫を見付けると思いますよ。

というのはですね、紗凪の男嫌いって、ガチレズでもないし、特別トラウマがあるわけでもないし…ですよね? 要するにみう先輩好き好きっていうのと思春期特有の潔癖症に見えるので、ぼくはそのうち自然に治りそうな気がします。みうシナリオもショックだっただけに見える。

それが新吾でないことに正直もにょってしまうけれど、紗凪は紗凪で幸せになる権利があり、そして彼女が幸せになることそのものは私も大歓迎です。そして私自身は紗凪ルートの彼女にこそ好意を持ったのであり、その紗凪をまったく無に帰してまで、彼女が幸せになるところを見たいとは思いません。初恋に翻弄され、時には泣き、時にはみっともなくすがりつき、しかしその気持ちを力強く肯定した彼女がとても愛しいからこそ、彼女にもう一度挑戦の機会が与えられたことを歓迎します。

紗凪「もし愛理が惚れるような男がいたとしたら……」

紗凪「そいつって、世界一イケてて最強な彼氏なんじゃない?」

愛理「…………」

愛理「あんた、恋をして頭がゆるくなったんじゃないの?

そんな男いるわけないでしょうに」

紗凪「言い切っちゃうんだ」

というやり取りがある。上のやり取りって、いい女に釣り合う男が世の中にいることを信じるかということを表していると思います。

愛理は信じない。だけど、紗凪は信じている。まあ、妄想込みの解釈ですが、「いい女」となった紗凪に、それに釣り合うに足るいい男が現れて欲しいと思います。

(月刊ERO-GAMERS編集部におけるsimulaコメント)

simulaさんが指摘しているように、この反応にこそ紗凪の成長が示されているように思えます。一方でもりやんさんの指摘の中に含まれているように、みう先輩シナリオ以外でも「思春期特有の潔癖症」から解放され「普通に夫」を見つけるかも知れません。しかし、私としては、主人公たる新吾によってその呪縛から解放されたこのストーリーを支持したいし、そして来るべき誰かによってのさらなる羽ばたきを見せてほしいと思います。

彼女が羽化し、幸せになる季節は、おそらくもうすぐのはずです。